敬語を場面で選ぶ——動作主・相手・内と外

敬語を単語の置き換えではなく、誰が誰に何を伝えるかで選びます。尊敬語・謙譲語・丁寧語の働き、家族や所属集団の「内と外」、敬語を重ねすぎない直し方を自作の会話で学びます。

この単元の目標
  • 話し手・聞き手・動作主・動作の向かう相手を区別して、敬意の方向を説明できる。
  • 尊敬語・謙譲語・丁寧語を、場面と動作に合わせて選べる。
  • 内と外が話す場面によって変わることを理解し、家族の呼び方や伝言を調整できる。
  • 謙譲語の取り違えや二重敬語を、意味を変えずに直せる。
📑 目次
  1. 1 敬語は「誰を大切に扱うか」を伝える
  2. 2 「話す相手」と「動く人」を分ける
  3. 3 三つの働きを、敬意の向きで見分ける
  4. 4 謙譲語をもう一歩——「伺う」と「参る」
  5. 5 内と外——同じ人でも、話す立場が変わる
  6. 6 長くするより、敬意の方向を確かめる
  7. 7 手を動かす——まず配役、次に言葉
  8. 参照資料と、このレッスンの範囲

1 敬語は「誰を大切に扱うか」を伝える

同じ帰宅の連絡でも、友人には「もう帰るよ」、先生には「もう帰ります」と言うことがあります。帰るという出来事は同じでも、相手との関係の示し方が違うのです。敬語は、相手や話題の人物をどのように扱い、どんな距離で話すかを表す言葉です。難しい言葉を増やす競争ではありません。まず、伝えたい事実を普通の言葉で整理してから、場面に合う敬語を選びましょう。

このレッスンの会話・例文・問題文はすべて学習用の自作です。人名・団体・場面は架空で、実際の発言の引用ではありません。現代日本語の基本的な使い方を扱います。親しさや場の改まり方によって自然な言い方は変わるため、問題では判断に必要な場面を指定します。

2 「話す相手」と「動く人」を分ける

先生に「校長先生が来る」と報告するとき、聞いている先生と、来る校長先生は別人です。この二人をひとまとめにすると、誰への敬意かが分からなくなります。舞台の配役表を作るつもりで、まず四つの役割を分けます。一人が複数の役割を担うこともあります。

確認する役割自作例「私が担任に、校長先生の来室を報告する」
話し手:この言葉を言う人私
聞き手:今、言葉を受け取る人担任
動作主:話題の動作をする人校長先生(来る人)
動作の向かう相手:訪問・質問などの相手この設定では、特定の人物は示されていない

この場面なら「校長先生がいらっしゃいます」と言えます。「いらっしゃる」は来る人である校長先生を立て、「ます」は聞き手である担任に丁寧に述べる働きをします。一文の中に、違う方向への敬意が同時に含まれるのです。

3 三つの働きを、敬意の向きで見分ける

「先生が読む」と「私が先生の原稿を読む」では、読む人が違います。前者を「ご覧になる」、後者を「拝見する」と表せるのは、敬意を向ける方向が違うからです。尊敬語は動作主などを立てます。謙譲語は自分側の行為を控えめに述べ、その行為の向かう相手を立てるなどの働きをします。丁寧語は、話の内容に誰が出てくるかとは別に、聞き手に丁寧に述べます。

基本の分類自作例どこに敬意が向くか
尊敬語先生が原稿をご覧になる。読む動作をする先生
謙譲語(相手を立てる用法)私が先生の原稿を拝見する。原稿の持ち主である先生
丁寧語私は原稿を読みます。この話の聞き手。「ます」だけでは原稿の持ち主への敬意は指定しない
「敬語だから自分の動作にも『ご覧になる』を使える」は誤りです。「私が先生の原稿をご覧になります」では、自分を立ててしまいます。また、謙譲語は自分の価値を低く評価する言葉ではありません。行為の述べ方を控えめにして、相手への配慮を示す表現です。
例題1 主語を入れ替えると敬語も変わる

生徒が先生に話す。①「先生は、展示をご覧になりましたか。」に続けて、②「私も先生の作品を(ご覧になりました/拝見しました)。」と言いたい。②はどちらを選ぶか。①と②の動作主も答えよう。

解答・解説

②は「拝見しました」。①の見る人は先生なので「ご覧になる」という尊敬語を使う。②の見る人は私で、先生の作品を見るので「拝見する」という謙譲語を使い、作品の持ち主である先生を立てる。どちらの文も「ました」の「ます」は聞き手への丁寧さを表す。

4 謙譲語をもう一歩——「伺う」と「参る」

先生の研究室へ行く場合と、一人で近所の公園へ行く場合を比べましょう。どちらも自分の移動ですが、公園そのものを敬う必要はありません。この違いを説明するため、文化審議会「敬語の指針」は謙譲語を二つに分けています。「伺う」は訪問先や質問先などの相手を立てる謙譲語Ⅰ。「参る」は自分側の行為を改まって聞き手に述べる謙譲語Ⅱ(丁重語)です。単に「行く」を丁寧にするつもりで、どの行き先にも「伺う」を当てはめることはできません。

自作例働きと場面
明日、先生の研究室に伺います。訪問先の先生を立てる。「ます」で聞き手にも丁寧に述べる
明日、一人で公園に参ります。自分の移動を聞き手に改まって述べる。公園を立てているのではない
明日、一人で公園に行きます。丁寧語で十分な日常の連絡。「参ります」まで改める必要がない場面も多い
「敬語の指針」(2007年)は、尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ(丁重語)・丁寧語・美化語の五種類を示しています。学校で学ぶ三分類を出発点に、ここでは特に二種類の謙譲語を補足しました。美化語は「お酒」など、ものごとを美化して述べる表現です。「お」が付けば何でも尊敬語、とは判断しません。
例題2 訪問先が誰かを確かめる

生徒が地域資料館の館長本人に、予約した訪問について電話する。「明日の午後、資料館に(伺います/いらっしゃいます)。」はどちらがよいか。聞き手・動作主・訪問先の相手を整理しよう。

解答・解説

「伺います」。聞き手は館長、行く動作主は生徒、訪問先の相手は館長である。自分が相手のもとを訪れるため、謙譲語Ⅰ「伺う」で相手を立てられる。「いらっしゃる」は来る・行く・いる人を立てる尊敬語なので、自分の訪問には使わない。

5 内と外——同じ人でも、話す立場が変わる

家で母に呼びかけるときは「お母さん」、先生に自分の母の予定を伝えるときは「母」と言えます。母を大切にする気持ちが消えたのではありません。家庭の外の人に、自分側の人として紹介しているのです。こうした自分側のまとまりを「内」、その場で向き合う相手側を「外」と捉えます。内と外は人物に永久に貼る名札ではなく、誰にどの立場で話すかによって変わる関係です。

自作の場面表現の例考えるポイント
家で母本人に呼びかけるお母さん、明日は何時に出るの?家族内の親しい呼びかけ
生徒が先生に自分の母の予定を伝える母は明日、学校に来ます。家庭の外の先生に、自分側の母について丁寧に述べる
生徒が自分の先生の予定を、別の先生に伝える田中先生は午後にいらっしゃいます。同じ学校の先生だから必ず尊敬語を外す、とはしない
「外の人と話すときは、知っている人全員の敬語を外す」という規則ではありません。会社の職員が取引先へ自社の上司の予定を伝える場面と、生徒が自分の先生について話す場面は同じではありません。自分がその集団を代表して対応しているのか、相手とどんな関係にあるのかを確認します。
例題3 職場の伝言を、立場から直す

職員の青木が、取引先の客に、自社の課長・田中の到着を伝える。引用ではなく青木自身の説明として「田中課長が、まもなくいらっしゃいます。」と言おうとした。自社側の上司を客に対して立てない、改まった表現に直そう。

解答・解説

例:「課長の田中が、まもなく参ります。」青木は自社側を代表して客に対応している。社内では目上の田中も、この場では自分側の人物なので、田中を立てる「いらっしゃる」は使わず、「参る」で自分側の行為を客に改まって述べる。「課長の田中」は役職を説明しており、役職そのものを隠す必要はない。

6 長くするより、敬意の方向を確かめる

相手を大切にしたくて敬語を足しても、同じ働きを重ねると不自然になることがあります。「お読みになる」はすでに「読む」の尊敬表現です。そこへさらに尊敬の「れる」を加えた「お読みになられる」は、同じ語について同種の敬語を重ねた二重敬語で、一般に避けます。一方「お読みになります」は、動作主への尊敬と聞き手への丁寧さを組み合わせた表現で、同じ問題ではありません。

敬語が二つ見つかっただけで二重敬語と決めないこと。「ご覧になります」の尊敬語+丁寧語は自然です。また、二重敬語にも「お召し上がりになる」など慣用として定着した表現があります。「二つなら全部誤り」と機械的に消さず、どの語に、どの種類の敬語を重ねているかを見ます。
例題4 丁寧さを保って短く直す

生徒が来賓に「先生はこの原稿をお読みになられました。」と報告する。読む人への敬意と聞き手への丁寧さを保ち、二重敬語を避けて直そう。

解答・解説

「先生はこの原稿をお読みになりました。」。「お読みになる」で読む人である先生への尊敬は表せるため、さらに付けた尊敬の「れる」を除く。「なられる」は「なる」の未然形「なら」+「れる」である。「ました」は過去を丁寧に伝える部分として残す。「先生はこの原稿を読んだ」では、指定された敬意と丁寧さを保てない。

7 手を動かす——まず配役、次に言葉

  1. 普通の言葉で事実を書く。例:「私が、先生に、予定を聞く」。敬語を選ぶ前に、誰の行動かを固定する。
  2. 「私が」に丸、「先生に」に下線を付ける。聞く動作主は私、質問の向かう相手は先生だと確認する。
  3. 聞き手を欄外に書く。先生本人に話すなら、質問先と聞き手は同じ人になる。
  4. 相手を立てる「伺う」を選び、聞き手に丁寧な「ます」を添える。「先生に予定を伺います」。
  5. もう一度普通の言葉に戻して確認する。質問したいのが先生の側なら、この文では動作主が逆になる。言葉の豪華さではなく事実との一致を点検する。
練習:場面を説明してから書き換える(すべて自作)
  1. 生徒が先生に「先生はこの写真を拝見しましたか」と尋ねた。見る人を立てる表現に直し、誤りの理由を述べよう。

    解答・解説

    例:「先生はこの写真をご覧になりましたか。」見る人は先生なので尊敬語「ご覧になる」を使う。「拝見する」は自分側が相手のものなどを見る場合の謙譲語であり、この場面の先生の動作には合わない。

  2. 生徒が先生に、自分の父が明日学校へ来る予定を伝える。「お父さんが明日いらっしゃいます」を、父を自分側の人として説明する丁寧な文に直そう。

    解答・解説

    例:「父は明日、学校に来ます。」家庭の外の先生に自分側の父について述べるので、「父」と呼び、父を立てる「いらっしゃる」は使わない。「ます」で先生への丁寧さを保つ。

  3. 改まった会で自分の予定を述べる。「明日は一人で近所の公園に参ります」の「参る」は、公園を立てているのか。分類とともに説明しよう。

    解答・解説

    公園を立てているのではない。「参る」は謙譲語Ⅱ(丁重語)で、自分の移動を聞き手に改まって述べる。この分類では、向かう相手を立てる「伺う」と区別する。日常的な連絡なら「行きます」でもよい。

  4. 「先生がご覧になります」は、同じ語に尊敬語を重ねた二重敬語か。各部分の働きを示そう。

    解答・解説

    二重敬語ではない。「ご覧になる」は見る人である先生を立てる尊敬語、「ます」は聞き手に丁寧に述べる丁寧語で、働きが異なる。敬語の数だけでは判断できない。

確認クイズ:敬意の方向はどこか

問1. 生徒が先生に「私は先生の原稿を拝見しました」と言う。「拝見する」で立てている相手は誰か。

問2. 生徒が先生に予定を伝える。丁寧語「ます」だけを用い、尊敬語・謙譲語を含まない文はどれか。

問3. 職員が取引先の客に、自社の課長の到着を改まって伝える。自社側の課長を客に対して立てない表現はどれか。

問4. 「お読みになられました」の二重敬語を避け、読む人への尊敬と聞き手への丁寧さを残した表現はどれか。

参照資料と、このレッスンの範囲

分類・基本的な使い分けの参照資料:文化審議会「敬語の指針(答申)」2007年2月2日、特に第2章「敬語の仕組み」の五分類・二重敬語と、第3章「敬語の具体的な使い方」。文化庁公開PDF:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/keigo_tosin.pdf 。補助資料:文化庁「敬語おもしろ相談室」第四話・第六話・第七話(https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/keigo/index.html)。ここでは2007年答申の整理を学習の基礎としています。会話は資料からの引用でなく、その考え方を使った自作です。この資料から個々の学校・家庭・職場で唯一の言い方が決まるわけではありません。相手との関係や場の目的も考え、伝えたい内容が明確で過不足のない表現を選びましょう。

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