有機化学の計算:原子の収支から分子式と構造の候補へ

燃焼生成物を「原子の数え直し」として読み、元素分析・蒸気密度・官能基の反応量をつなぐ。混合物の分離も、物性のどの差を利用するかから判断する。

この単元の目標
  • C・H・Oのみからなる化合物の燃焼分析から、原子の物質量比と実験式を求められる
  • 質量百分率と原子数比を区別し、モル質量から実験式を分子式へ拡張できる
  • 蒸気密度からモル質量を求める式を、同温・同圧という条件とともに説明できる
  • 蒸留・再結晶・クロマトグラフィー・抽出の選択理由と限界を説明できる
  • 確認反応の結果と反応量を組み合わせ、構造の候補を絞れる範囲を判断できる
📑 目次
  1. 1.見えない分子を、別々の証拠から復元する
  2. 2.燃やしても、炭素と水素の原子数は消えない
  3. 3.実験式はレシピの比、分子式は一組の個数
  4. 4.蒸気密度は、同じ個数の分子の重さ比
  5. 5.分離は「違いを拡大して、別々に数える」こと
  6. 6.確認反応は候補を減らし、反応量は個数を数える
  7. 7.迷ったら、証拠の担当を分けて戻る

1.見えない分子を、別々の証拠から復元する

袋の中の積み木を直接見なくても、色別の個数と袋全体の重さが分かれば中身の候補を絞れます。有機化学の計算も同じです。元素分析は原子の配合比、モル質量は1分子の大きさ、確認反応は原子のつながりの手掛かりを与えます。一つの測定で全部を決めるのではなく、異なる証拠を重ねます。本記事は構造の命名や脂質・重合の反応計算ではなく、この証拠のつなぎ方を扱います。

以下の数値例は学習用に設定した架空の分析データです。相対原子質量はC=12、H=1、O=16、Ag=108とし、この近似で計算します。分子量は単位のない相対値、モル質量Mはg/molの単位をもつ量です。両者はこの単位系で数値が対応します。実験操作は扱わず、与えられた結果の読解に限定します。

2.燃やしても、炭素と水素の原子数は消えない

原子の組み替えを、色別の積み木の詰め替えと考えましょう。C・H・Oだけの純物質を完全燃焼させると、試料のCはCO₂へ、HはH₂Oへ移ります。CO₂一つにはCが一つ、H₂O一つにはHが二つあるので、生成物のmolを数えれば元の原子のmolを逆算できます。以下ではCO₂とH₂Oが全量、損失なく測定され、空気中の水分などの混入がないとします。

🔍 質量を原子の物質量に変える

  1. 炭素は1対1で数え直す
    n(C)=n(CO2)=m(CO2)44 g/moln(\mathrm C)=n(\mathrm{CO_2})=\frac{m(\mathrm{CO_2})}{44\,\mathrm{g/mol}}

    n(C)は炭素原子の物質量であって、炭素分子の物質量ではない。

  2. 水素は水の2倍
    n(H)=2n(H2O)=2m(H2O)18 g/moln(\mathrm H)=2n(\mathrm{H_2O})=2\frac{m(\mathrm{H_2O})}{18\,\mathrm{g/mol}}
  3. 試料中の酸素は質量の残りから
    n(O)=msample−(12 g/mol)n(C)−(1 g/mol)n(H)16 g/moln(\mathrm O)=\frac{m_{\mathrm{sample}}-(12\,\mathrm{g/mol})n(\mathrm C)-(1\,\mathrm{g/mol})n(\mathrm H)}{16\,\mathrm{g/mol}}

    質量はg、物質量はmolで統一する。試料がC・H・Oのみであることが前提。

生成物に含まれる酸素を全部足しても、試料中の酸素量にはなりません。燃焼に使われた外部のO₂由来の酸素も混ざるからです。またNやハロゲンを含む試料で「CとH以外は全部O」と置くことはできません。試料の組成に関する条件を先に確認します。
例題1:燃焼分析から実験式、そして分子式へ

C・H・Oだけの純物質0.600 gの完全燃焼で、CO₂ 0.880 gとH₂O 0.360 gが得られた。独立の測定でモル質量が60.0 g/molと分かった。実験式と分子式を求めよ。

解答・解説

Cは0.880/44=0.0200 mol、Hは2×0.360/18=0.0400 mol。対応する質量はCが0.240 g、Hが0.0400 gなので、Oは0.600−0.240−0.0400=0.320 g、つまり0.0200 mol。C:H:O=1:2:1より実験式はCH₂O。その式量は30で、60.0/30=2より分子式はC₂H₄O₂。検算すると試料は0.600/60.0=0.0100 molで、CO₂はその2倍、H₂Oもその2倍となり測定値に戻る。構造式はまだ決まらない。

3.実験式はレシピの比、分子式は一組の個数

「赤1個に白2個」という配合だけでは、小袋に1組入るのか2組入るのかは分かりません。実験式(組成式)は最簡整数比、分子式は実際の1分子中の原子数です。原子のmol比を最小値で割り、1:1.5:1なら全体を2倍して2:3:2にします。1.5を勝手に2に丸めてはいけません。測定誤差がある場合は、小さな整数比に近いか、元の測定値を再現するかを確かめます。

分子式=(実験式)k,k=MMemp(k=1,2,3,…)\text{分子式}=(\text{実験式})_k,\qquad k=\frac{M}{M_{\mathrm{emp}}}\quad(k=1,2,3,\ldots)

MとMempはそれぞれ分子式、実験式に対応するモル質量で、同じ単位にそろえます。例えば実験式CH₂Oなら、分子式はCH₂O、C₂H₄O₂、C₃H₆O₃などが候補です。整数倍にならないときは無理に丸めるのではなく、測定誤差、混合物、元素の見落とし、モル質量の測定条件を点検します。

元素分析表の「C 40.0質量%、H 6.67質量%、O 残部」は個数比ではありません。100 gを仮定すればCは40.0/12≈3.33 mol、Hは6.67/1=6.67 mol、Oは53.33/16≈3.33 mol。したがって比は約1:2:1です。ここで一度、CとOはほぼ同じ原子数なのに質量が異なる理由を考えてください。O原子1個がC原子1個より重いためで、質量比を直接添字にできない理由でもあります。

元素分析がCH₂Oという比を示しても、純物質でなければ「ある一つの分子」の式とは限りません。混合物全体の平均組成にも同じ比は現れます。分子式決定の前提として、試料の純度や分離の必要性を確認します。

4.蒸気密度は、同じ個数の分子の重さ比

同じ大きさの箱に同じ個数の粒が入っていれば、箱の中身の重さの比は粒1個の重さの比になります。理想気体では同温・同圧・同体積に含まれる分子数が等しいので、気体の密度比からモル質量比が分かります。まず密度ρ=m/Vと状態方程式pV=nRT、m=nMを組み合わせます。

ρ=pMRT,D=ρsampleρref=MMref,M=DMref\rho=\frac{pM}{RT},\qquad D=\frac{\rho_{\mathrm{sample}}}{\rho_{\mathrm{ref}}}=\frac{M}{M_{\mathrm{ref}}},\qquad M=D M_{\mathrm{ref}}

Dは基準気体に対する相対蒸気密度で単位はありません。「密度2.0 g/L」と「水素に対する蒸気密度30」は別の情報です。水素H₂を基準にすればMref=2.0 g/mol、乾燥空気を基準にすれば平均モル質量を約29 g/molと近似します。絶対密度から求めるときはM=ρRT/pで、p・V・Rの単位をそろえます。気体のモル体積を無条件に22.4 L/molとはしません。

例題2:同じ蒸気について二つの測定を照合する

C・H・Oのみからなる純物質の元素分析はC 62.1質量%、H 10.3質量%、O 27.6質量%だった。同温・同圧での水素H₂に対する相対蒸気密度は29.0で、理想気体として扱える。分子式を求めよ。

解答・解説

100 g中の原子のmolはCが62.1/12=5.175、Hが10.3、Oが27.6/16=1.725。最小値で割ると3:約5.97:1で、丸められた百分率であることを踏まえて実験式はC₃H₆O。その式量は58。M=29.0×2.0=58.0 g/molだから実験式がそのまま分子式になる。逆にC₃H₆Oの質量百分率はCが36/58×100≈62.1%、Hが6/58×100≈10.3%、Oが16/58×100≈27.6%となり一致する。

密度比の式は、同温・同圧で、試料が十分気化し、分解や会合が無視できるときの近似です。例えばカルボン酸の蒸気が二量体をつくる場合、密度から得る見かけのモル質量は単量体より大きくなります。混合気体なら平均モル質量であり、一種類の分子の質量とは限りません。

5.分離は「違いを拡大して、別々に数える」こと

砂と小石をふるい分けるには粒の大きさの差を使います。分子の混合物では、粒を目で選べない代わりに、気体への移りやすさ、溶けやすさ、二つの場所への居心地の差を使います。方法名から暗記するより、「この二成分にはどの差があるか」と問う方が選びやすくなります。下表は分析の判断材料であり、実施手順ではありません。

方法なぜ分かれるか選ぶ手掛かり・限界
蒸留一般に蒸気は、液体より揮発しやすい成分を多く含む。気液で組成が異なることを利用する。液体同士の揮発性に十分な差がある場合など。沸点差が小さいと単純な蒸留では分けにくく、共沸する組合せは通常の蒸留だけでは純物質まで分けられない。
再結晶温度低下で溶解度が下がると、溶液に収まりきらない溶質が結晶になる。目的物の温度による溶解度変化が大きく、不純物との溶け方が異なる場合。目的物も母液に残り、不純物が結晶に混入することもある。
クロマトグラフィー固定相にとどまる傾向と移動相とともに進む傾向の違いで、移動速度に差がつく。吸着や分配の性質が異なる成分。移動距離だけで物質を断定せず、同じ条件の標準物質などと比較する。
抽出互いに混ざりにくい二つの液相への溶けやすさが異なるため、成分が偏って分配される。二相への分配の差が大きい成分。酸・塩基のイオン化で分配が変わることもある。通常は一方の相に全量が移るわけではない。
例題3:再結晶の回収量は「残る分」を引く

ある固体の溶解度は、温かい状態で溶媒100 gあたり20 g、冷たい状態で同4.0 gである。純粋な固体8.0 gと溶媒50 gから考える。温かい状態で全量が溶けるか。また冷たい状態で平衡になったとき析出する固体の理論質量と回収率を求めよ。溶媒の蒸発、結晶への溶媒の取り込み、損失は無視する。

解答・解説

温かい状態では20×50/100=10 gまで溶けるので8.0 gは全量溶ける。冷たい状態でも4.0×50/100=2.0 gは母液中に残る。析出量は8.0−2.0=6.0 g、元の固体に対する回収率は6.0/8.0×100=75%。溶解度の分母は溶液100 gではなく溶媒100 gである。不純物がある実試料の純度を、この回収率だけから求めることはできない。

抽出では「二つの部屋の人数比」ではなく「人口密度の比」を考えると間違いを防げます。同じ中性分子について分配係数Kを有機相中の濃度/水相中の濃度とすると、量の比はKに体積比を掛けたものです。例えばK=3.0、有機相20 mL、水相60 mLなら、量の比は3.0×20:60=1:1で、有機相へ分配されるのは全体の半分です。ここでは希薄な平衡溶液でKと各相の体積が一定、反応やイオン化なしと仮定しています。

「よく回収できた」と「純粋に分けられた」は違います。また薄層クロマトグラフィーでスポットが一つでも、同じ位置に重なった複数成分が隠れる可能性があります。分離結果一つだけで純度100%と断定しないことが、分子式計算の前提を守ることにつながります。

6.確認反応は候補を減らし、反応量は個数を数える

分子式は部品表ですが、部品の配置図ではありません。例えばC₃H₆Oにはプロパナールとアセトンがあり、同じ元素分析だけでは区別できません。確認反応の陽性・陰性で反応しやすい部位の候補を絞り、さらに試料1 molあたりの反応量を比べると、その部位の個数に迫れます。ただし反応の選択性と、完結した定量反応かどうかを確認する必要があります。

与えられた分析結果判断の根拠断定しすぎないための注意
銀鏡反応が陽性一般的なアルデヒドは酸化され、銀イオンを銀へ還元する。単純な一価アルデヒドでは1 molに対してAg 2 mol。ギ酸や還元糖なども陽性になり得る。「陽性なら必ず単純なアルデヒド」とは言えない。
カルボン酸として中和し、1 molの試料がNaOH 1 molと反応他に中和される部位がなければ、カルボキシ基1個に対応する。多価酸なら係数が異なる。他の酸性基や不純物があると、中和量をそのままカルボキシ基の数にできない。
塩化鉄(III)による特徴的な呈色フェノール性ヒドロキシ基などの候補を検討する手掛かり。呈色しないフェノール類や、他の呈色物質もある。色だけから分子式や官能基の個数は求められない。
例題4:同じ分子式の二候補を、反応量で確かめる

例題2の物質は、候補をプロパナールまたはアセトンのどちらかに限定できたとする。別の分析で銀鏡反応が陽性だった。さらに、試料0.290 gについて定量的に反応した銀の質量が1.08 gと報告された。この結果は一価アルデヒドという判断と整合するか。

解答・解説

陽性という情報は、この二候補ならプロパナールを支持する。試料の物質量は0.290/58.0=0.00500 mol、銀は1.08/108=0.0100 mol。銀/試料=2.00なので、アルデヒド基1個が2電子を与え、Ag⁺を2個還元する収支と整合する。アセトンは通常の銀鏡反応では陰性。この結論は候補が限定され、銀の生成が指定の反応だけによるという条件付きであり、どんな未知物質にも一意に使える判定ではない。

n(Ag)=2n(アルデヒド基),n(NaOH)=f n(酸)n(\mathrm{Ag})=2n(\text{アルデヒド基}),\qquad n(\mathrm{NaOH})=f\,n(\text{酸})

最初の式は通常のアルデヒド基が対応するカルボン酸側まで酸化される場合の電子収支です。後の式のfは、指定の中和で酸1分子から中和されるH⁺の個数です。例えばC₂H₄O₂、M=60.0 g/molの試料0.300 gが、カルボン酸の中和としてNaOH 0.00500 molを消費したなら、試料も0.00500 molなのでf=1。酢酸とギ酸メチルの二候補なら酢酸を支持します。これは常温などでの単なる結果を無条件に一般化する意味ではなく、エステルの加水分解による塩基消費が含まれないという分析条件が必要です。

7.迷ったら、証拠の担当を分けて戻る

  1. 試料は純物質か、含まれる元素は何かを確認する。混合物なら利用できる物性差から分離法を検討する。
  2. 生成物の質量や質量百分率を、元素ごとのmolへ直す。燃焼ではHを水の2倍と数える。
  3. 最簡整数比で実験式を作り、独立なモル質量で何倍かを決める。元の測定値へ戻して検算する。
  4. 確認反応は「候補を絞る情報」、反応量は「係数を確かめる情報」として使い、何がまだ未決定かを残す。
練習:まず何のmolを数えるか
  1. C・H・Oだけの純物質0.460 gから、完全燃焼によりCO₂ 0.880 g、H₂O 0.540 gを得た。モル質量は46.0 g/mol。分子式を求めよ。

    ヒント

    酸素の質量は試料からCとHの質量を引く。

    解答・解説

    C=0.0200 mol、H=2×0.540/18=0.0600 mol。CとHの質量は0.240 gと0.0600 g、Oは0.160 g=0.0100 mol。比2:6:1より実験式C₂H₆O、式量46なので分子式もC₂H₆O。エタノールかジメチルエーテルかはこのデータだけでは決まらない。

  2. 実験式CH₂Oの純物質の蒸気について、同温・同圧で乾燥空気に対する相対密度が約2.07だった。空気の平均モル質量を29.0 g/molとし、会合のない理想気体として分子式を求めよ。

    解答・解説

    M≈2.07×29.0=60.03≈60.0 g/mol。実験式に対応する30 g/molの約2倍なのでC₂H₄O₂。約2.07は水素ではなく空気を基準とした値であり、2を掛ける計算ではない。

  3. 固体5.0 gと溶媒40 gがある。全量溶解後の冷たい状態での溶解度が溶媒100 gあたり2.5 gなら、理論析出量と回収率はいくらか。蒸発・損失はないとする。

    解答・解説

    母液に残る量は2.5×40/100=1.0 g。析出量5.0−1.0=4.0 g、回収率4.0/5.0×100=80%。母液中の残存量を引くのであって、溶媒の質量を引くのではない。

  4. 中性分子の分配係数がK=4.0(有機相濃度/水相濃度)。両相の体積が等しく、平衡でイオン化・反応がなければ、有機相中の量は全体の何%か。

    解答・解説

    量の比も有機相:水相=4:1なので、4/(4+1)×100=80%。K=4だから400%移る、という意味ではない。

  5. 他の酸性基をもたない純粋なカルボン酸0.450 g(M=90.0 g/mol)が完全中和でNaOH 0.0100 molを消費した。1分子中のカルボキシ基数を求めよ。

    解答・解説

    酸は0.450/90.0=0.00500 mol。NaOH/酸=0.0100/0.00500=2なのでカルボキシ基は2個。単にNaOHのmolを見るのではなく、試料のmolで割って1分子あたりの係数を求める。

確認クイズ:条件まで読めたか

問1. C・H・Oのみの試料の完全燃焼で水が0.030 mol得られた。試料由来のH原子の物質量は?

問2. 相対蒸気密度DからM=D×2.0 g/molと計算できる基準気体はどれか。試料と基準は同温・同圧で理想気体とする。

問3. 熱で分解せず、共沸せず、揮発性に十分な差がある二液体の分離として、主に気液の組成差を使う方法は?

問4. 実験式CH₂O、モル質量180 g/molの純物質について、この情報だけから確実に言えることは?

根拠と適用範囲:計算は原子・質量の保存、反応式の係数、理想気体の状態方程式、平衡時の溶解度・分配の定義に基づきます。数値は実測資料の引用ではなく、明示した仮定の下で検算できる教材用データです。実際の未知試料では不純物・測定誤差・反応の例外を評価する必要があり、本記事の架空データだけを実験の実施判断に用いないでください。
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