外部性と公共財――「自分の損得」に入らない費用と便益
架空の作業場と共同掲示板を使い、追加1単位の便益・費用を比較する。外部性による判断のずれ、公共財のただ乗り、効率性と政策判断の違いを数値で考える。
- 私的費用と外部費用を区別し、追加1単位の社会的な純便益を計算できる
- 負と正の外部性が個人の選択と社会全体の選択をずらす理由を説明できる
- 非排除性と非競合性の二つの軸で財を分類し、公共財と共有資源を区別できる
- モデル内の計算結果、現実に確かめる事実、政策上の価値判断を分けて述べられる
📑 目次
1.レシートに載らない影響を探す
隣の作業場が仕事を増やすと、利用者は便利になり、作業場は収入を得ます。しかし、音で近隣の人の休息が妨げられても、その不利益が料金や作業場の支出に入らないことがあります。取引した人だけが損得を数えると、第三者への影響を数え落とすのです。このように、活動が取引外の人に与え、価格や補償などを通して十分に織り込まれていない影響を、ここでは外部性と呼びます。不利益なら負の外部性(外部不経済)、利益なら正の外部性(外部経済)です。
2.合計より先に「もう1回」を見る
作業を増やすか迷うとき、すでに終えた作業の総費用ではなく、次の1回で何が増えるかが判断の分かれ目です。この「追加1単位による増加分」を限界といいます。私的限界費用は当事者が負担する追加費用、限界外部費用は第三者に新たに生じる費用です。両者を重複なく足すと社会的限界費用になります。限界は「最大の量」という意味ではありません。
MSCは社会的限界費用、MPCは私的限界費用、MECは限界外部費用、MBは追加便益、ΔWは社会全体の純便益の増加分です。次の表ではいずれも円/追加1回。外部便益はなく、利用者の追加便益が社会全体の追加便益に等しいと仮定します。料金の支払い自体は利用者から作業場への移転なので、材料・労力などの実物的な費用に重ねて数えません。
| 追加する作業(順に実施) | 利用者の追加便益 MB | 私的限界費用 MPC | 限界外部費用 MEC | 社会的限界費用 MSC |
|---|---|---|---|---|
| 1回目 | 900円 | 400円 | 200円 | 600円 |
| 2回目 | 750円 | 400円 | 200円 | 600円 |
| 3回目 | 550円 | 400円 | 200円 | 600円 |
| 4回目 | 450円 | 400円 | 200円 | 600円 |
作業は0〜4回の整数回だけ選べ、表の順に実施する。作業場は各回400円で提供でき、利用者は自分の便益が料金を上回る間だけ利用する。第三者への補償はない。このとき私的な利用回数と、社会全体の純便益を最大にする回数を求めよう。
解答・解説
利用者は4回とも便益が400円を上回るため、私的には4回を選ぶ。社会全体では各回の純便益が900−600=300円、750−600=150円、550−600=−50円、450−600=−150円。0〜4回の合計純便益は順に0、300、450、400、250円なので最大は2回の450円。4回から2回にすると第三者の被害だけでなく利用者の便益も減るが、差引きでは450−250=200円改善する。ゼロ回にするのが最大とは限らない。
3.外部費用を判断に入れると何が変わるか
レシートに入らなかった200円を利用者の選択に反映させたらどうなるでしょう。架空の政策として1回につき200円を課し、その全額が利用料金に上乗せされると仮定します。料金は600円となり、利用者は1回目と2回目だけを選びます。こうして外部の影響を当事者の判断に織り込むことを内部化といいます。この模型では2回に誘導できますが、現実の価格転嫁や被害額が同じになるという予測ではありません。
2回なら徴収額は200×2=400円です。利用者から政府へ移った400円を、社会全体に新しく発生した実物的費用としてさらに引くのは二重計算です。ただし徴収・監視に人手が必要なら、その資源費用は追加します。また徴収しただけでは音の被害は消えません。税収を被害者に渡すかどうかも、内部化とは別の制度設計です。
| 架空の対応案 | 働き | 判断前に必要な情報 |
|---|---|---|
| 1回ごとの負担を設ける | 当事者が追加費用を意識して回数を選ぶ | 被害の増え方、料金への転嫁、徴収費用 |
| 作業回数や時間帯を制限する | 許される活動の範囲を直接定める | 被害が大きい時間帯、監視可能性、利用者への影響 |
| 静かな設備へ変更する | 1回当たりの外部費用を小さくする | 設備費、減らせる被害、維持費 |
| 当事者と近隣で合意をつくる | 活動条件や補償を交渉する | 参加者の範囲、権利、情報格差、交渉費用 |
4.良い影響も数え落とされる
第三者への影響は迷惑だけではありません。自分の店先を美しくすると、料金を払わない通行人も景観を楽しめます。店主が自分の利益しか数えないなら、第三者を含めれば割に合う活動でも行われない場合があります。外部便益があるときは私的な追加便益に外部の追加便益を足し、社会的限界便益を考えます。以下では外部費用はないとします。
架空の店主が花壇を一つだけ設けるか選ぶ。費用は1,000円、店主の便益は700円、通行人全員の便益合計は500円相当で、他の費用・便益はないと仮定する。店主は私的純便益が正のときだけ設置する。補助なしと400円の補助ありでどう変わるか。
解答・解説
補助なしでは店主の純便益は700−1,000=−300円なので設置しない。社会全体では700+500−1,000=200円の純便益がある。400円の補助があれば店主は700+400−1,000=100円なので設置する。ただし補助は他者からの移転であり、社会全体の純便益を600円に増やすわけではない。資金調達・事務費を無視すれば200円のまま。400円は行動を変える一例で、常に最適な補助額という結論ではない。
5.公共財は「みんなが使う物」だけでは決まらない
共同の掲示板を見る人が1人増えても、すでに見ている人の情報は減りません。しかし、共同の池の魚は誰かが取ると残りが減ります。「共同」という呼び名だけでは性質が違うのです。非競合性は、ある人の利用が他の人の利用可能性を減らしにくい性質。非排除性は、料金を払わない人などを利用から排除しにくい性質です。両方を備える財を経済学では公共財と呼びます。
| 排除しやすさ | 利用が競合する | 利用が競合しない |
|---|---|---|
| 排除しやすい | 私的財:個人に販売するパン | クラブ財:会員だけが読む混雑のない電子資料 |
| 排除しにくい | 共有資源:出入りを管理していない池の魚 | 公共財:誰でも読める、混雑のない共同掲示板の情報 |
6.全員に価値があっても集金できるとは限らない
非排除的な情報が用意されれば、自分だけ払わなくても読めます。そのため他の人の負担を待つ動機が生まれます。これがただ乗り(フリーライダー)の問題です。自発的な協力が不可能という意味ではありませんが、便益の合計が費用を上回ることと、自発的な支払いで費用を回収できることは別です。
架空の3世帯だけが使う掲示板の情報を、一定期間提供するか否かを選ぶ。総費用は900円。A・B・Cのその期間の便益はそれぞれ500円、350円、250円相当で、掲示後は支払いの有無によらず同じ情報を読める。費用は一度だけ発生し、他の影響はない。合計純便益と、一律300円負担の場合の各世帯の純便益を求めよう。
解答・解説
便益合計は500+350+250=1,100円、合計純便益は1,100−900=200円。一律300円ならAは200円、Bは50円、Cは−50円で、合計は200円に一致する。全体に利益があっても全世帯が得る分担とは限らない。たとえば450円・250円・200円の分担なら合計900円を賄い、各純便益は50円・100円・50円となる。ただしこの分担への合意や支払いを確保できることは、便益の計算だけからは保証されない。
私的財のパンなら3人に1個ずつ渡すため3個必要ですが、このモデルの掲示情報は1組を3人が同時に利用します。そのため同じ1組について3世帯の便益を足しました。便益を金額換算する評価額は、現実には観測しにくく、支払能力にも左右されます。この教材の数字を実際の住民の評価として扱うことはできません。
7.計算結果から政策へは、もう一段の説明が必要
| 主張の種類 | 作業場モデルでの例 | 確かめ方・限界 |
|---|---|---|
| モデル内の計算 | 表の条件なら、2回の合計純便益450円が最大 | 0〜4回を全比較できる。現実の測定結果ではない。 |
| 現実についての事実・予測 | ある地域で負担を設けると作業回数が減る | 実施前後、他の変化、比較対象などのデータで検証が必要。 |
| 政策判断 | 合計純便益を優先してこの負担を採用すべきだ | 優先する基準を明示し、公平・権利・実施費用・他の案も検討する。 |
例題1で限界外部費用だけが各回100円に変わった。社会全体の純便益を最大にする回数と、その合計純便益は?
解答・解説
社会的限界費用は400+100=500円。各回の純便益は400、250、50、−50円。累計は0、400、650、700、650円なので3回、700円が最大。私的料金が400円のままなら利用者は依然4回を選ぶ。
例題2の花壇に、補助を実施するための実物的な事務費が250円だけ追加でかかる。補助により設置される場合、設置も事務も行わない場合に比べた社会全体の純便益は?
解答・解説
700+500−1,000−250=−50円。補助400円は移転なので費用に再計上しないが、事務費250円は資源を使うため差し引く。外部便益があるだけで、この補助策が純便益を増やすとは限らない。
誰でも自由に取れる共同の果樹園の果実と、混雑なく誰でも読める共同掲示情報は、ともに純粋な公共財か。二つの性質で説明せよ。
解答・解説
どちらも設定上は排除しにくい。しかし果実は誰かが取ると他の人の分が減るため競合し、共有資源に当たる。掲示情報は読む人が増えても他の人の情報が減らず非競合的なので、この条件下で公共財に当たる。
「例題3では合計純便益が200円だから、一律300円の負担が全世帯にとって望ましい」と言えるか。計算と政策評価を分けて答えよ。
解答・解説
合計200円はモデル内の計算結果。一律負担ではCの純便益が−50円なので、全世帯が利益を得るとは言えない。「望ましい」分担には便益に応じるか支払能力に応じるかなどの基準も必要で、合計値だけから一律負担を正当化できない。
問1. 例題1の3回目を追加することで、社会全体の純便益はどう変わる?
問2. この教材の意味で、公共財の二つの性質は?
問3. 例題3で分担を450円・250円・200円にしたとき、B世帯の純便益は?
問4. モデルの計算と政策判断について適切な説明は?
根拠と適用範囲
外部性、限界費用、公共財の二つの性質は、経済学の概念として整理しました。数値の根拠は本文で全条件を明示した教材独自の架空設定であり、例題は表の足し算・引き算と選択肢の全比較から導いています。実在の統計、制度の施行状況、史実の引用は用いていないため、現実の被害額や政策効果を裏付ける出典としては使えません。現実への適用には、対象地域と時点を特定した被害・便益・実施費用の資料が別に必要です。