相図・化学ポテンシャル・Clapeyron式・てこの規則
相平衡を化学ポテンシャルの等置からとらえ、Clapeyron式で相境界の傾きを求め、Clausius–Clapeyron式で蒸気圧を計算し、二成分系のてこの規則で相の割合を読み取る。
- 相平衡の条件を化学ポテンシャルの等式として説明できる。
- Clapeyron式 dp/dT = ΔS/ΔV の導出と、水の融解曲線の負の傾きを計算できる。
- Clausius–Clapeyron式を使って2点の蒸気圧データから蒸発エンタルピーを求め、別温度の蒸気圧を予測できる。
- 二成分の相図で結線(tie line)からてこの規則により各相の割合を決められる。
📑 目次
1.相平衡とは「化学ポテンシャルが等しい」こと
純物質の化学ポテンシャル μ はモルギブズエネルギー(J/mol)であり、温度 T と圧力 p の関数です。ここでは反応せず、表面・重力・電場の効果を無視できる巨視的な平衡系を扱います。混合物では各成分の部分モルギブズエネルギーが化学ポテンシャルで、組成にも依存します。物質が自分で「もっとも低い μ の状態」へ移ろうとするので、同一物質の相αと相βが平衡にある条件は
です。温度と圧力を勝手に動かすとこの等式は崩れ、μ の低い相へ変化が進みます。p–T 平面で等式が成り立つ軌跡が相境界線であり、三つの相の μ が同時に等しくなる一点が三重点です。通常の水の三重点は約 T = 273.16 K、p = 611.657 Pa です。これらは教材で使う近似値であり、同位体組成などの違いを含む精密な測定値を保証するものではありません。
2.Clapeyron式:相境界の傾きは ΔS/ΔV
🔍 Clapeyron式の導出
- 境界上では常に μ が等しい
相境界に沿って少しだけ状態を動かしても、両相の化学ポテンシャルは等しいままです。
- μ の全微分(モルエントロピー S、モル体積 V)
ギブズエネルギーの基本式 dG = −S dT + V dp + Σμ dn を純物質・組成一定に適用したもの。S、V はモル量です。
- 両相で等しいと置く
整理して (Vα − Vβ) dp = (Sα − Sβ) dT。
- 相変化の量に書き直す
平衡転移では ΔS = ΔH/T(可逆条件)を使いました。転移エンタルピー ΔHは吸熱方向(融解・気化)を正にとっています。
この式は融解・蒸発・昇華・固体相転移を問わず、平衡にある2相のあいだで成立します。上記の巨視的な平衡系で、体積変化が0でない一次相転移を扱う式です。臨界点で ΔH と ΔV が共に0になる場合、この比を直接代入できません。実際の計算で必要なのは、ΔH と ΔV をその温度・圧力での値として使うこと、単位をそろえること(ΔV は m³/mol)です。
氷の融解エンタルピーは約 6.01 kJ/mol、273 K付近での融解に伴うモル体積変化は約 −1.63×10⁻⁶ m³/mol である(氷の方が水よりモル体積が大きい)。Clapeyron式から融解曲線の傾き dp/dT を求め、Pa/K および気圧/K(1 atm = 1.01325×10⁵ Pa)で表せ。
解答・解説
ΔS = ΔH/T = 6010/273.15 = 22.0 J/(mol·K)。dp/dT = ΔS/ΔV = 22.0/(−1.63×10⁻⁶) ≈ −1.35×10⁷ Pa/K。気圧単位では −1.35×10⁷/(1.01325×10⁵) ≈ **−133 atm/K** です。ΔV が負なのに ΔH が正なので傾きが負、すなわち加圧すると融点が下がります。氷の水に対する体積の優位(密度0.917 g/cm³ < 1.00)が相図上に直接現れた例です。
3.Clausius–Clapeyron式:気相の体積が大きい場合の近似
蒸発や昇華では気相のモル体積が凝縮相より桁違いに大きく、理想気体近似 V気 = RT/p が使えるとき、ΔV ≈ RT/p とおいてClapeyron式は
へ変わります。ここまでの近似は (i) 気相が理想気体、(ii) 凝縮相のモル体積を無視できる、の2つです。さらに (iii) ΔHvap を対象温度範囲で一定と近似して積分すると
の2点式が得られます。pref は固定した基準圧力で、対数の中は無次元です。2点式なら圧力の単位をそろえるだけで基準圧力は消えます。温度は必ず絶対温度Kです。ln(p/pref) の縦軸・1/T の横軸でプロットすると傾き −ΔHvap/R の直線になるので、複数の蒸気圧データから蒸発エンタルピーを推定するのが標準的な使い方です。
水の正常沸点は 1 atm = 101.325 kPa で T₁ = 373.15 K である。蒸発エンタルピーを ΔHvap = 40.7 kJ/mol(この温度域での代表値)として一定と近似し、Clausius–Clapeyronの2点式から T₂ = 363.15 K(90 ℃)での蒸気圧を推定せよ。R = 8.314 J/(mol·K)。
解答・解説
(1/T₂ − 1/T₁) = (373.15 − 363.15)/(363.15×373.15) = 10/135509 ≈ 7.380×10⁻⁵ K⁻¹。ln(p₂/p₁) = −(40700/8.314)×7.380×10⁻⁵ ≈ −4894×7.380×10⁻⁵ ≈ −0.361。よって p₂ = 101.325×exp(−0.361) ≈ 101.325×0.697 ≈ **70.6 kPa**。これは与えた定数によるモデル予測であり、精密な蒸気圧表の値そのものではありません。
4.三重点・臨界点と相図の読み方
- 三重点: 三相の化学ポテンシャルが同時に等しい点。自由度がゼロなので温度と圧力が物質固有の値に固定される(ギブズの相律 F = C − P + 2、C = 1、P = 3 で F = 0)。
- 臨界点: 気液境界の上端。臨界点では液体と気体の密度差がなくなり、蒸発エンタルピーはそこで0に向かう。Clausius–Clapeyron式を臨界点の近くまで外挿するのは誤り。
- 昇華曲線: 固体と気体が共存する境界。通常の単純な相図では三重点より低圧側を加熱すると、安定な液体を経ずに固体から気体へ移る。
- 亜安定領域: 過冷却水のように、相図の境界線を越えても転移が始まらない状態があり得る。相図は平衡状態を示すもので、到達速度を保証しない。
5.二成分系の相図とてこの規則
圧力一定で、成分Bのモル分率 x を横軸、温度 T を縦軸に取った二成分のT–x相図では、2相共存領域の中で水平の結線(tie line)を引き、全体の組成 x₀ をその結線上に置きます。結線の両端は平衡する2相の組成 xα、xβ です。全物質量 n = nα + nβ と成分Bの保存 nx₀ = nαxα + nβxβ を連立すれば各相の物質量の割合が決まります。nα・nβ はそれぞれの相にあるAとBを合わせた物質量です。平衡では成分ごとに μαA = μβA、μαB = μβB が成り立ちます。
fα はα相の(物質量基準の)割合で、x₀ が結線のどちらの端に近いかで大きくなります。「てこの規則」の名前は、x₀ を支点として xα・xβ に置いた分銅のつり合いという比喩から来ています。x₀ が境界外や単相領域にあるときはこの式は使えません(相の分割がないため)。
ある二成分系の2相共存領域で、温度 T₁ の結線の両端の組成が xα = 0.15、xβ = 0.65(モル分率)である。全体の組成 x₀ = 0.40 の混合物を T₁ に保ったとき、α相とβ相の物質量の比およびモル分率 fα を求めよ。
解答・解説
nα/nβ = (0.65 − 0.40)/(0.40 − 0.15) = 0.25/0.25 = **1**。fα = (0.65 − 0.40)/(0.65 − 0.15) = 0.25/0.50 = **0.50**。検算:fα・xα + fβ・xβ = 0.50×0.15 + 0.50×0.65 = 0.40 で、x₀ と一致します。てこの規則は物質量(モル)基準の式であり、質量分率で組成図を書いた場合は質量基準で読む点に注意が必要です。
6.計算の手順と典型的な誤り
- 相境界の傾きにはClapeyron式(近似なし)、蒸気圧の計算にはClausius–Clapeyron(理想気体・凝縮相体積無視・ΔH一定の3条件)を使い分ける。
- 温度はすべてKへ、ΔVはm³/molへ統一する。気圧とPaの混在は傾きを約10万倍ずらす誤りの原因になる。
- 例題1のような符号確認:ΔH > 0(吸熱)で ΔV < 0 なら傾きは負。融解で体積が縮む物質は水のほかSb、Bi、Gaなどに知られる。
- てこの規則を入れる前に、点が2相共存領域の内部にあるかを確認する。
- Clausius–Clapeyronの外挿は、臨界点や低温で近似が破れる範囲まで伸ばさない。
ある液体の沸点を 1 atm で 353.3 K、その温度での蒸発エンタルピーを30.7 kJ/molとする教材モデルで、平衡条件から蒸発エントロピー ΔSvap を求めよ。
ヒント
沸点では液体と飽和蒸気が平衡:ΔG = 0。
解答・解説
沸点(1 atm の正常沸点)では ΔG = 0 なので ΔSvap = ΔHvap/T = 30700/353.3 ≈ **86.9 J/(mol·K)**。これは可逆な相転移での ΔS = ΔH/T を直接使う計算で、蒸気を理想気体とする近似は不要です。
例題2と同じ近似(水、ΔHvap = 40.7 kJ/mol、p₁ = 101.325 kPa at 373.15 K)で、T = 383.15 K(110 ℃)での蒸気圧を求めよ。
解答・解説
(1/T₂ − 1/T₁) = (373.15 − 383.15)/(373.15×383.15) = −10/142972 ≈ −6.995×10⁻⁵。ln(p₂/p₁) = −4894×(−6.995×10⁻⁵) ≈ 0.3424。p₂ = 101.325×exp(0.3424) ≈ 101.325×1.408 ≈ **142.7 kPa(約1.41 atm)**。傾きが負の値の1/T側で符号が反転し、p₂ > p₁ になることを確認します。
ある固体の融解で ΔH = +12.0 kJ/mol、ΔV = +2.0×10⁻⁶ m³/mol、T = 400 K とする。Clapeyron式で融解曲線の傾きを Pa/K で求め、加圧で融点が上がるか下がるか述べよ。
解答・解説
ΔS = 12000/400 = 30 J/(mol·K)。dp/dT = 30/(2.0×10⁻⁶) = **1.5×10⁷ Pa/K(約 +148 atm/K)**。ΔV > 0 なので傾きは正で、加圧すると融点が上がります。水(負の傾き)と対照的な例です。
二成分系のある温度で結線の両端が xα = 0.10、xβ = 0.70 である。全体の組成 x₀ = 0.55 のとき、β相の割合 fβ を求めよ。
解答・解説
fβ = (x₀ − xα)/(xβ − xα) = (0.55 − 0.10)/(0.70 − 0.10) = 0.45/0.60 = **0.75**。x₀ が xβ 側に近いほどβ相が増える、というてこの規則の直感と一致します。検算:0.25×0.10 + 0.75×0.70 = 0.025 + 0.525 = 0.55 = x₀。
蒸気圧データが ln(p/pref) vs 1/T のプロットで傾き −5.0×10³ K を与えた(pref は固定した基準圧力)。この液体の蒸発エンタルピーを求めよ。R = 8.314 J/(mol·K)。
解答・解説
傾き = −ΔHvap/R より ΔHvap = 5.0×10³ × 8.314 ≈ **4.16×10⁴ J/mol(41.6 kJ/mol)**。プロットの傾きが負であるのは、温度が上がると蒸気圧が上がる(1/T が下がると ln p が上がる)ことに対応します。
問1. 純物質の2相が温度T・圧力pで平衡にあるための条件はどれか。
問2. Clapeyron式 dp/dT = ΔH/(TΔV) で、融解エンタルピーが正の場合、融解曲線の傾きが負になるのはどのような場合か。
問3. Clausius–Clapeyron式 ln p = −ΔHvap/(RT) + C を導くときに使われる近似として含まれないものはどれか。
問4. てこの規則で、全体組成 x₀ が結線のちょうど中間(xα = 0.15、xβ = 0.65 で x₀ = 0.40)にあるときの fα はいくらか。
問5. 水の三重点について正しい記述はどれか。