古代国家の成立——大化の改新から武士の世へ

律令国家のしくみ、荘園の広がり、武士政権の誕生までの流れ。

この単元の目標
  • 大化の改新と律令制度の内容を説明できる
  • 荘園の広がりと武士の台頭の関係を因果で説明できる
📑 目次
  1. 大化の改新と律令国家
  2. 記録がなければ、遠くの地域を治められない
  3. 荘園と武士の成長

大化の改新と律令国家

できごと年(頃)内容
大化の改新645年の政変を契機中大兄皇子・中臣鎌足らが蘇我入鹿を倒し、天皇中心の政治を目指す改革へ
大宝律令701中国の制度を取り入れた法律体系(律令制)
平安京遷都794貴族政治の時代へ

律令制では土地・人民は国(公)のものとされ、戸籍をもとに税(租・庸・調)が課されました。しかしこの仕組みは重い負担のため農民が逃散し、次第に崩れていきます。

記録がなければ、遠くの地域を治められない

なぜ古代国家を学ぶときに、法律だけでなく名前や品物の記録を見るのでしょう。学校でも名簿がなければ誰が在籍し、誰に連絡すべきか確認できません。同様に、人や物を把握する記録は行政の基礎になります。ただし学校の名簿は理解のための比喩であり、古代の戸籍と同じ制度ではありません。

木簡は文字が書かれた木の札・板です。奈良文化財研究所の「木簡庫」では、文書・荷札・習書などの用途や、国名・年紀・人名・出土遺跡などから検索できます。法律が制度のルールを示すのに対し、実物の木簡は記録や物の管理が行われた具体的な場面を考える手がかりになります。木簡は古代だけの資料ではないので、必ず年代も確認します。

調べる項目考えられることそれだけでは決まらないこと
記載された地名記録の中で関係する地域札が実際に作られた場所
品名・数量記録された物と量その地域全体の生産量
出土場所資料が残っていた場所最初に書いた場所や使用者
法令の文章制度として定められた内容各地で例外なく実行されたか
「法律ができた日=全国の生活が一斉に変わった日」ではありません。また、木簡の読めない文字を都合よく補ってはいけません。奈文研の解説も、劣化・破損による解読の難しさを指摘しています。定めたこと・実行されたこと・後世の解釈を分けて、制度の成立と変化を考えましょう。
例題:荷札から言える範囲

読解練習用の架空資料に「A地域・布・三つ」とあり、都の遺跡から見つかったとする。「A地域の住民は全員、布だけを納めた」と結論してよいか。

解答・解説

結論できない。まず読み取れるのは、A地域・布・数量に関係する記録が都の遺跡に残っていたこと。全住民の負担や他の納入品の有無は、この一枚には書かれていない。別の荷札や法令と照合する必要がある。実在木簡の引用ではない。

例題:改革の年と社会の変化

このレッスンの年表では政変の契機を645年、大宝律令を701年としている。「645年に完成した律令国家が、そのままずっと続いた」というまとめを直せ。

解答・解説

645年の政変を契機に改革が進み、701年の大宝律令などを通じて制度が整えられた。その後も土地支配や負担のあり方は変化した、とする。複数のできごとの間の過程を省かず、「始まる・整う・変わる」を区別する。年表だけで改革の全内容や実施状況までは確定できない。

練習:古代の記録を根拠に説明する
  1. 古代の制度の実態を知るとき、法令と木簡を組み合わせる利点は何か。

    解答・解説

    法令で定められたルールと、木簡に残る個別の記録を照らし合わせられること。一方だけから全国の実態を決めつけることを避けられる。

  2. 「ある地名が書かれた木簡が都から出たので、その地名の場所は都にあった」という推論は正しいか。

    解答・解説

    正しいとは限らない。記載地名と出土場所は別の情報であり、物や札が移動した可能性も考える必要がある。

  3. 木簡に読めない文字がある場合、どのように扱うべきか。

    解答・解説

    不明箇所として残し、画像・釈文の注記や類例を確認する。内容を想像して確定した文章として紹介しない。

資料の根拠:奈良文化財研究所「木簡庫」https://mokkanko.nabunken.go.jp/ と「ヘルプ」https://mokkanko.nabunken.go.jp/?c=help 。収録対象は古代〜近代を含むため、検索結果の時代・遺跡・釈読を確認して利用します。ここでは実在木簡の釈文を引用せず、資料の読み方を架空例で学びます。

荘園と武士の成長

  • 墾田永年私財法(743)→ 開拓した田んぼは私有できる → 貴族や寺社が荘園を広げる
  • 地方の有力農民や地方に下った貴族などが土地を守るために武装し、武士へ。源氏・平氏などを中心に武士団が成長する
  • 平清盛は日宋貿易を進める。源頼朝は鎌倉に政権を築き、1185年に守護・地頭の設置が認められ、1192年に征夷大将軍となる。幕府の成立は段階的で、成立年には複数の見方がある
例題

荘園の増加が武士の台頭につながった理由を、土地の支配という観点から説明せよ。

解答・解説

土地や年貢をめぐる争いの中で、地方の有力者が武装して自らの権益を守るようになった。貴族・寺社に土地を寄進して保護を受けながら現地の管理を担う者もおり、土地支配と武力を結びつけて武士が成長した。

練習問題
  1. 律令制のもとでの代表的な税を 3 つ挙げよ。

    解答・解説

    **租**(口分田の収穫に応じて納める稲)、**庸**(都での労役の代わりに納める布など)、**調**(地方の特産品)。このほか、地方で労役を課す雑徭などの負担もあった。

  2. 墾田永年私財法は、何を認めた法律か。

    ヒント

    新しく開いた田の扱い。

    解答・解説

    **新しく開墾した土地の私有**を認めた。この結果、有力者による荘園開発が進んだ。

確認クイズ(古代〜中世)

問1. 法令と木簡を組み合わせて調べる理由は?

問2. 大化の改新では、誰を中心とした政治を目指したか。

問3. 源頼朝が征夷大将軍に任じられた年は?

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