近代日本の歴史(幕末〜戦後)

開国から憲政の発展、戦争と復興までの流れをつかむ。

この単元の目標
  • 開国から近代国家形成への変化を説明できる
  • 普通選挙法と治安維持法を比較できる
  • 憲法の公布と施行を区別できる
📑 目次
  1. 時代の流れ
  2. 政治参加は誰に広がったのか
  3. 二つの憲法を、同じ質問で比べる

時代の流れ

時期できごとキーワード
1853ペリー来航開国要求
1854・1858日米和親条約・日米修好通商条約開国と貿易の開始
1868明治維新五箇条の御誓文、文明開化
1889大日本帝国憲法発布立憲政治の始まり
1912–26大正デモクラシー普通選挙運動
1925普通選挙法・治安維持法男子普通選挙の実現と思想・運動の取り締まり
1931・1937満州事変・日中戦争の開始中国への軍事行動の拡大
1941・1945太平洋戦争の開始・日本の敗戦戦争の拡大と甚大な被害、占領へ
1946・1947日本国憲法の公布・施行国民主権・基本的人権の尊重・平和主義

歴史は年号だけでなく、背景・政策・結果を分けて読みます。1858年の日米修好通商条約には、領事裁判権を認め、日本に関税自主権がないという不平等な内容がありました。条約改正は明治政府の重要な課題となり、近代的な法制度の整備や外交交渉が進められます。ただし、近代化を不平等条約だけの結果とせず、国内の政治・経済の変化も考える必要があります。

政治参加は誰に広がったのか

明治政府は廃藩置県で中央集権化を進め、地租改正で土地所有者に地価を基準とする金納の税を課しました。一方、自由民権運動は国会開設や憲法制定を求めました。1889年に大日本帝国憲法が発布され、1890年に帝国議会が開かれますが、当初の衆議院議員選挙では性別・年齢・納税額によって選挙権が限られていました。

比較する政策1925年の内容読み取れること
普通選挙法衆議院議員選挙の納税額による制限を撤廃し、満25歳以上の男子に選挙権を拡大政治参加は広がったが、女性にはまだ選挙権がなかった
治安維持法国体の変革や私有財産制度の否認を目的とする結社などを取り締まる社会主義運動などへの取り締まりが強まった
例題:同じ年の二つの法律を比べる

「1925年には普通選挙法が成立したので、全ての人が自由に政治参加できるようになった」という説明の問題点を二つ挙げよ。

解答・解説

①選挙権の拡大は満25歳以上の男子が対象で、女性には認められていなかった。②同年に治安維持法が成立し、思想・運動への取り締まりも強まった。参加の拡大と自由の制限の両面を捉える必要がある。

練習問題:変化と継続を説明する
  1. 日米修好通商条約が不平等条約と呼ばれる理由を二つ答えよ。

    解答・解説

    日本がアメリカの**領事裁判権**を認めたことと、日本に**関税自主権**がなかったこと。国内で外国人を裁く権限や輸入品への関税を自主的に決める権限が制限された。

  2. 1925年の普通選挙法で撤廃された制限と、なお残った制限をそれぞれ答えよ。

    解答・解説

    撤廃されたのは納税額の制限。性別と年齢の制限は残り、満25歳以上の男子が対象だった。戦後の1945年の法改正で女性にも選挙権が認められ、1946年の総選挙で初めて行使された。

  3. 日本国憲法の公布日と施行日を答え、「公布」と「施行」の違いを説明せよ。

    解答・解説

    公布は**1946年11月3日**、施行は**1947年5月3日**。公布は成立した法を広く知らせること、施行は効力を生じさせ実施すること。1945年の敗戦と混同しない。

史料読解のコツ:①誰が・いつ書いたか(成立)→②何について書かれているか(内容)→③筆者の立場によるバイアスはないか(批判的吟味)の順に読みます。

二つの憲法を、同じ質問で比べる

なぜ「昔も今も憲法と議会がある」だけでは政治の違いを説明できないのでしょう。同じ名前の係でも、誰が選び、誰に責任を負うかが違えば役割は変わります。憲法を比較するときも、①統治する権限の根拠、②議会の構成、③権利の保障の仕方をそろえて読みます。単なる名前の変更ではなく、権力と人々の関係を調べるのです。

比較の軸大日本帝国憲法(1889年公布)日本国憲法(1946年公布)
統治の根拠天皇が統治権を総攬(第4条)国民主権を宣言(前文・第1条)
議会の構成貴族院と衆議院(第33条)衆議院と参議院(第42条)
言論などの自由法律の範囲内で保障(第29条)表現の自由を保障(第21条)、憲法に反する法律は効力を持たない(第98条)
大臣の責任国務大臣が天皇を輔弼して責任を負う(第55条)内閣が国会に対し連帯して責任を負う(第66条)

立憲政治を考えるには、権力を法でどのように制約するかに注目します。大日本帝国憲法にも権利の条文と帝国議会の協賛の規定がありました。一方、日本国憲法では基本的人権を侵すことのできない永久の権利とし、憲法を最高法規に位置づけています。条文に何が書かれるかと、政治でどう運用されたかは、分けて調べる必要があります。

「明治の憲法には権利の保障が一切ない」も「現在はどんな行為も自由」も不正確です。前者には臣民の権利の規定があり、後者にも公共の福祉に関する規定があります。違いは権利の有無だけでなく、保障の仕組みや法律との関係にあります。
例題:参議院を過去へ持ち込まない

「1889年に公布された憲法では、衆議院と参議院が帝国議会を構成した」という文を、条文を根拠に訂正せよ。

解答・解説

大日本帝国憲法第33条では**貴族院と衆議院**。衆議院と参議院は日本国憲法第42条の組み合わせである。同じ二院制でも、それぞれの議院の構成は同じではない。

例題:条文だけで実際の政治までわかる?

「憲法に表現の自由が書かれていたので、当時の新聞には一切の制限がなかった」という説明の問題点を述べよ。

解答・解説

権利を定めた条文だけで、実際の制限の有無を断定している。大日本帝国憲法では「法律の範囲内」という条件があり、関連法令や実際の処分・新聞資料も調べなければ運用はわからない。

練習:制度の名前より関係を読む
  1. 日本国憲法の前文と第1条から、主権は誰にあると読み取れるか。

    解答・解説

    国民にある。天皇は日本国および日本国民統合の象徴とされ、その地位も国民の総意に基づく。

  2. 大日本帝国憲法の二つの議院を答え、二つとも現在の参議院の旧名だったという説明を直せ。

    解答・解説

    貴族院と衆議院。帝国議会を構成した別々の議院であり、どちらも単に現在の参議院の旧名というわけではない。

  3. 政治制度を比較するとき、同じ「大臣」という名称以外に何を確かめるとよいか。

    解答・解説

    誰を補佐し、誰に責任を負うか。大日本帝国憲法第55条と日本国憲法第66条では責任関係の規定が異なる。

確認:憲法を歴史資料として読む

問1. 大日本帝国憲法で帝国議会を構成した組み合わせは?

問2. 日本国憲法第66条で内閣が連帯して責任を負う相手は?

問3. 条文と政治の実態を調べる姿勢として適切なのは?

一次資料:国立国会図書館「大日本帝国憲法」https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html (1889年公布)、「日本国憲法」https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j01.html (1946年公布、1947年施行)。表は条文の学習用要約で、原文の直接引用ではありません。運用の実態を条文だけで断定しない点に注意します。
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