植物の吸水・蒸散・気孔:水ポテンシャルで水の行方を読む

根から葉へ水が動く理由を、水ポテンシャルの高低と蒸散による引く力でつなぐ。架空の観察資料から、圧力と溶質の効果、気孔の調節、水収支を区別して考える。

この単元の目標
  • 水ポテンシャルの符号と大小を区別し、水が正味で移動する向きを判断できる。
  • 溶質ポテンシャルと圧ポテンシャルを足し合わせ、濃度だけでは移動方向が決まらない理由を説明できる。
  • 根・道管・葉・大気を、蒸散と水の凝集による連続した輸送として説明できる。
  • 架空の観察データから気孔開度と蒸散の関係を読み、水収支と因果推論の限界を示せる。
📑 目次
  1. 1.水は「上へ」も動くが、「高い側から低い側へ」進む
  2. 2.溶質は下げ、押す圧力は上げる
  3. 3.葉で失う水が、道管の水を引く
  4. 4.気孔は水の出口であり、二酸化炭素の入口でもある
  5. 5.吸水が続いても、植物の中の水は減り得る
  6. 6.練習:足す・比べる・差を取る
  7. 学習の根拠と、このモデルで言えないこと

1.水は「上へ」も動くが、「高い側から低い側へ」進む

水道のない植物の葉にも、根から水が届きます。高さだけを考えると不思議ですが、水の動きには高さのほかに、押す・引く圧力や溶けている物質も関係します。坂道で荷車が進む向きを、坂の高さだけでなく人が引く力も含めて考えるように、水にも複数の要因を合わせた「移動しやすさのものさし」が必要です。このものさしが水ポテンシャルです。実際の水の量や水面の高さそのものではありません。

本記事の数値・表・設問は、概念を学ぶために独自に作成した架空の観察資料です。実測値、植物一般の標準値、栽培の判断基準ではありません。資料の読解だけを扱い、実験や操作の手順は扱いません。既習の光合成経路の分類ではなく、「水の移動方向」と「一定時間の水収支」に焦点を当てます。

水ポテンシャル Ψ(プサイ)は、水の化学ポテンシャルを基準との差として圧力の単位で表した量です。同じ温度、基準の高さ、大気圧の純水を0と定めます。水が通れる経路で結ばれ、ほかに外から強制する働きを考えないとき、水はΨの高い側から低い側へ正味で移動します。「正味」とは両向きの移動の差です。Ψが等しい平衡でも、水分子の動きそのものが止まるわけではありません。

ΨA>ΨB⟹水の正味の移動は A から B へ\Psi_A>\Psi_B\quad\Longrightarrow\quad\text{水の正味の移動は A から B へ}
負の数では−0.2のほうが−0.8より高い値です。「負号を外して大きいほうから」と判断すると逆になります。MPaはメガパスカルで、1 MPa=10⁶ Pa。負の水ポテンシャルは基準より低いという意味で、水が負の量だけあることでも、必ず負圧であることでもありません。

2.溶質は下げ、押す圧力は上げる

水だけを通し、溶質を通さない膜の両側を考えます。同じ圧力なら、水は薄い溶液側から濃い溶液側へ正味で動きます。溶質が混ざると水の化学ポテンシャルが下がるためです。この溶質による寄与を溶質ポテンシャル Ψsといい、純水では0、溶質があると負になります。一方、溶液を押す圧力は水を外へ動かす側に働きます。この寄与が圧ポテンシャル Ψpです。

たとえば植物細胞に水が入ると、細胞の中身が細胞壁を押し、壁が押し返します。この内側の正の圧力が膨圧です。風船がふくらむと押し戻す力が増すように、流入につれて圧力の寄与が増し、さらなる流入を妨げます。ただし植物細胞では、硬い細胞壁の支えが重要です。水を失って膨圧が小さくなると組織は張りを失いやすくなります。

Ψ≈Ψs+Ψp(各項の単位:MPa)\Psi\approx\Psi_s+\Psi_p\qquad(\text{各項の単位:MPa})

この二項の式は、同じ高さ付近の細胞や液体を比較し、重力による寄与と表面への吸着による寄与(マトリックポテンシャル)を無視できるモデルで使います。Ψpは大気圧を基準にした圧力の寄与で、膨圧なら正、道管で水が引っ張られている状態なら負になり得ます。高い樹木全体では高さの寄与、土壌では吸着の寄与を無視できない場合があります。後の土壌の数値は、それらも含めた全体のΨとして与えます。

「溶質濃度が高い側へ必ず水が入る」は、圧力などの条件を落とした説明です。比較するのはΨsだけでなく全体のΨです。また、正の量として表す浸透圧と、負になる溶質ポテンシャルを混同しないでください。水ポテンシャル差だけから流れる速さも決まりません。経路の通りやすさが必要です。
例題1:濃い側から水が出ることもある

同じ高さの細胞AとBが、水を通す経路で結ばれている。AはΨs=−0.90 MPa、Ψp=+0.60 MPa、BはΨs=−0.60 MPa、Ψp=+0.10 MPaとする。二項モデルで、初めに水が正味で動く向きを求めよう。

解答・解説

まず足し合わせます。Aは−0.90+0.60=−0.30 MPa、Bは−0.60+0.10=−0.50 MPa。−0.30>−0.50なのでA→Bです。AのΨsはより低くても、圧力の正の寄与がそれを上回って全体のΨを高くしています。差は0.20 MPaですが、速さや最終的な水量は求められません。流れ始めると各項が変わり得るため、これは与えられた初期状態での判断です。

3.葉で失う水が、道管の水を引く

ぬれた布が乾くように、葉の内部の湿った細胞壁からも水が蒸発します。生じた水蒸気が主に気孔を通って外へ出ることを蒸散といいます。葉の水が失われると、葉内の水が引っ張られる状態になり、道管の水の圧力を下げます。水分子同士が引き合う凝集力によって、つながった水柱に張力が伝わり、下方の水も引かれます。これが凝集・張力説の骨格です。

  1. 土壌→根:土壌のΨが根の細胞などより高ければ、水が根へ正味で入る。根毛は土壌と接する面積を大きくする。
  2. 根の内部→道管:水は細胞壁沿いや細胞内などの経路を進む。内皮のカスパリー線は細胞壁沿いだけの通過を遮り、道管へ至る途中で膜を越える段階が生じる。
  3. 道管→葉:葉での蒸発が液体の水に張力を生み、水柱を引く。成熟した道管要素は死細胞で、その連続した通路が水輸送を担う。
  4. 葉→大気:葉の内部と外気の水蒸気の差などにより水蒸気が拡散する。外気が湿っていれば、同じ気孔開度でも蒸散が弱まる場合がある。
根が水を一滴ずつ能動的に上へ押し上げ続ける、と考えるのは不正確です。根圧が関与する場面もありますが、蒸散の盛んな植物の長距離輸送では葉からの張力が重要です。一方、根のイオン輸送や気孔の調節には細胞の代謝が関わります。「水の移動が受動的」と「植物全体がエネルギーを使わない」は別です。水柱が気泡などで途切れると輸送は妨げられ、無制限に引けるわけでもありません。
架空の状態土壌のΨ(MPa)根のΨ(MPa)茎の道管のΨ(MPa)葉のΨ(MPa)
状態P−0.10−0.30−0.55−0.90
状態Q−1.20−0.70−0.85−1.00
例題2:「葉のΨが低い」だけで吸水を保証できるか

表は同じ共通基準で表した全体の水ポテンシャルである。経路が水を通すとして、状態Pの各部の移動方向を確認しよう。状態Qでは土壌から根への正味の吸水が、この数値のままで起こるといえるか。

解答・解説

Pは−0.10>−0.30>−0.55>−0.90なので、土壌→根→茎→葉という方向と整合します。Qでは土壌−1.20<根−0.70なので、土壌と根の間では根→土壌の向きが予想され、土壌からの正味の吸水とは逆です。葉が根より低くても、入口の土壌との関係を飛ばせません。Qは変化途中の架空の一場面であり、全区間を同じ向きの水が流れる定常状態を表してはいません。

4.気孔は水の出口であり、二酸化炭素の入口でもある

窓を閉めると室内の空気が出にくくなりますが、外の空気も入りにくくなります。気孔にも似た両面があります。孔辺細胞の膨圧の変化と細胞壁の構造によって開閉が起こり、一般には孔辺細胞の膨圧が増すと開く方向へ、減ると閉じる方向へ働きます。イオンなどの溶質の移動が水の移動と膨圧を変えることが、開閉を支える仕組みです。

水不足のときにはアブシジン酸などの信号を介して閉鎖が促され、水分損失が抑えられます。ただし閉じるとCO₂も取り込みにくくなり、光があっても炭素固定が制限され得ます。これは水の節約とCO₂の獲得の両立という問題です。開閉には光、葉内のCO₂、水分状態などが関わり、どの植物でも時刻だけで同じ開度になるとは限りません。

架空の時刻気孔開度の相対指標(単位なし)蒸散速度(g/時・個体)根からの吸水速度(g/時・個体)
9時1.06.05.0
12時0.44.03.0
15時0.21.52.0

この架空資料は同一個体を想定し、開度は9時を1とした相対指標です。9時から12時へ開度は60%減り、蒸散速度は約33.3%減っています。割合が異なるため、「開度が半分なら蒸散も必ず半分」とは読めません。葉温、外気の湿度、風などの情報がないので、この表だけで開度単独の効果を求めることもできません。気孔が閉じても表皮などからの水分損失まで必ず0になるわけではありません。

5.吸水が続いても、植物の中の水は減り得る

貯水槽は、給水中でも出口から出る量のほうが多ければ水位が下がります。植物内の水量も同じように、入る量と出る量の差で考えられます。短い時間について、根からの吸水と蒸散だけが主な出入りであると近似し、その他の出入りや代謝に伴う水量変化を無視すると、次の収支になります。

ΔW≈(U−E)Δt\Delta W\approx(U-E)\Delta t

Wは個体内の水量(g)、Uは根からの吸水速度、Eは蒸散速度(ともにg/時・個体)、Δtは時間(時)です。この式ではUとEを区間内で一定とみなすか、区間平均を使います。ΔWが負なら植物内の水量が減るという意味で、吸水速度Uが負という意味ではありません。表の瞬間値を勝手に数時間続く平均値と読み替えてはいけません。

例題3:12時と15時の水収支を比べる

計算のためだけに、12時の各速度が0.5時間一定だったと仮定する。この区間の吸水量、蒸散量、個体内の水量変化を求めよう。別の区間で15時の各速度が0.5時間一定なら、水量変化はどうなるか。

解答・解説

12時の仮定では、吸水量3.0×0.5=1.5 g、蒸散量4.0×0.5=2.0 gなので、ΔW=1.5−2.0=−0.5 gです。吸水していても水量は減ります。15時の仮定では(2.0−1.5)×0.5=+0.25 gで水量が増えます。ただし、開始時の水量やその間の全経過がないので、「15時には水不足が完全に解消した」とは判断できません。

資料を読む順番は「何の量か→単位と基準→大小や差→条件付きの結論」です。水ポテンシャルなら移動の向き、速度なら時間当たりの量、収支なら個体内の水量変化を答えます。同じ「水が少ない」という言い方で三つを混ぜないようにしましょう。

6.練習:足す・比べる・差を取る

練習問題
  1. 同じ高さ付近で二項モデルを使う。細胞CはΨs=−0.80 MPa、Ψp=+0.25 MPa、外液はΨ=−0.40 MPaである。初めの正味の水の移動方向はどちらか。

    解答・解説

    CのΨは−0.80+0.25=−0.55 MPa。外液の−0.40 MPaのほうが高いので、外液→Cです。溶質だけでなく圧力も足してから比較します。

  2. 二項モデルで、細胞のΨsが−0.80 MPaのまま、外液のΨ=−0.30 MPaと平衡になったとする。細胞のΨpはいくらか。

    解答・解説

    −0.80+Ψp=−0.30より、Ψp=+0.50 MPa。正の圧力の寄与が溶質による低下の一部を打ち消します。これはΨsを固定した設問上の条件であり、実際の流入中には希釈などでΨsも変化し得ます。

  3. 架空の別区間で、吸水速度4 g/時・個体、蒸散速度7 g/時・個体が20分続いた。ほかの水量変化を無視すると、個体内の水量は何g変わるか。

    解答・解説

    20分=1/3時間なので、(4−7)×1/3=−1 gです。吸水は続いていますが、蒸散のほうが多いため1 g減ります。分をそのまま掛けると単位が合いません。

  4. 観察表の9時から15時で、開度指標は1.0から0.2に、蒸散速度は6.0から1.5になった。「気孔開度だけが原因で蒸散が80%減った」を二点修正しよう。

    解答・解説

    開度指標は80%減ですが、蒸散速度の減少率は(6.0−1.5)÷6.0×100=75%です。また、湿度や葉温などが不明なので、同時に変わったことだけから開度だけが原因とは断定できません。

確認クイズ

問1. 水を通す経路で結ばれた二点の全体のΨが−0.2 MPaと−0.7 MPaである。外から強制せず、この差に従う正味の移動はどちらか。

問2. Ψs=−0.65 MPa、Ψp=+0.25 MPaの細胞について、二項モデルでのΨはいくらか。

問3. 蒸散の盛んな植物の道管輸送について最も適切な説明はどれか。

問4. 気孔が閉じる方向へ変化した場合の一般的な利点と代償の組合せはどれか。

学習の根拠と、このモデルで言えないこと

概念の参考:OpenStax『Biology 2e』(2018年)、30.5「Transport of Water and Solutes in Plants」。水ポテンシャル、浸透、凝集・張力、気孔による水分損失の調節という一般的な枠組みを高校段階向けに整理しました。数値は同書の実測資料の転載ではなく、すべて本記事用の架空データです。細胞の計算は重力・吸着を省いた二項近似、個体の計算は短時間の二つの出入りに絞った水収支です。種差、経路の抵抗、時間遅れ、葉温などを省いているため、移動速度の予測や個体の健康状態の判定には拡張できません。

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