気体分子の運動論

圧力と温度を分子の運動として読み解き、平均の速さ・平均自由行程・拡散(グレアムの法則)までを「なぜ」から学ぶ。

この単元の目標
  • 圧力と温度を分子の運動で説明できる
  • 平均自由行程の式を導き、温度・圧力による変化を読める
  • グレアムの法則を分子の速さから導き、拡散の問題に適用できる

圧力と温度は分子の運動の現れ

気体の圧力は、分子が器壁にぶつかって運動量を渡すことで生じます。1個あたりの衝撃はごく小さくても、標準状態(0 ℃・1 atm)では1 cm3\mathrm{1\ cm^3} 中に約 2.7×10192.7 \times 10^{19} 個という膨大な数の分子が毎秒何十億回も壁をたたくので、マクロには一定の圧力として観測されます。一方、分子の平均並進運動エネルギーは絶対温度に比例します。つまり状態方程式 pV=nRTpV = nRT の左右はどちらも「分子の運動」の別の表現なのです。

マクロな量ミクロな読み替え
圧力 pp器壁への衝突で渡される運動量の単位面積・単位時間あたりの総和
温度 TT分子1個あたりの平均並進運動エネルギー 32kT\frac{3}{2}kT
体積 VV分子が動きまわれる空間(分子自身の体積は無視)
物質量 nn分子の個数 N=nNAN = nN_A
12mv2‾=32kT,pV=13Nmv2‾\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT, \qquad pV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}

🔍 pV = (1/3)Nmv̄² の導出——壁との衝突から圧力を数え上げる

  1. Step 1: 1個の分子が壁から受ける運動量変化
    Δpx=−2mvx\Delta p_x = -2mv_x

    質量 m、速度成分 vₓ の分子が yz 面に垂直にぶつかると、x 方向の速度が −vₓ に反転する。壁は分子から +2mvₓ の運動量を受け取る。

  2. Step 2: 往復時間と単位面積あたりの衝突回数
    Δt=2lvx,衝突頻度=vx2l\Delta t = \frac{2l}{v_x}, \qquad \text{衝突頻度} = \frac{v_x}{2l}

    一辺 l の立方体の中を分子が往復するのに 2l/vₓ の時間がかかる。この間に同じ壁に1回ぶつかる。

  3. Step 3: 1個の分子が壁に及ぼす力
    F1=2mvx×vx2l=mvx2lF_1 = 2mv_x \times \frac{v_x}{2l} = \frac{mv_x^2}{l}

    力=単位時間あたりの運動量変化。「衝撃 2mvₓ ÷ 往復時間 2l/vₓ」で整理すると美しくまとまる。

  4. Step 4: 全分子で足し合わせる
    F=∑imvx,i2l=Nmv2‾3lF = \sum_i \frac{mv_{x,i}^2}{l} = \frac{Nm\overline{v^2}}{3l}

    分子の速さには大小があるので平均を使う。等方性から vₓ² の平均は v² の平均の 1/3(3方向で均等に分担)。

  5. Step 5: 圧力=力÷面積
    p=Fl2=Nmv2‾3l3=13Nmv2‾V  ⇒  pV=13Nmv2‾p = \frac{F}{l^2} = \frac{Nm\overline{v^2}}{3l^3} = \frac{1}{3}\frac{Nm\overline{v^2}}{V} \;\Rightarrow\; pV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}

    これを理想気体の状態方程式と比較すると (1/2)mv̄² = (3/2)kT が得られ、「温度とは分子運動の激しさである」ことが定量的に示せる。

平均の速さ・噴出と拡散

常温の空気中で窒素分子は秒速約 500 m でも動いています。それなのに、部屋の隅に置いた香水の香りが届くのに数十秒かかるのはなぜでしょうか。静かな気体中の拡散では、分子がまっすぐ飛び続けず、衝突で進路を変えるランダムウォークになるためです。実際の室内で数秒〜数十秒で香りが届く場合は、対流や空気の流れも重要です。1回の衝突から次の衝突までに進む距離の平均を平均自由行程といいます。

概念式ポイント
ルート平均二乗速さvrms=3RTMv_{rms} = \sqrt{\dfrac{3RT}{M}}M は kg/mol(R = 8.31 J/(mol·K))。小さいほど速い
平均自由行程λ=kT2πd2p\lambda = \dfrac{kT}{\sqrt{2}\pi d^2 p}分子径 d の分子が1回の衝突間に進む距離
噴出(グレアムの法則)rArB=MBMA\dfrac{r_A}{r_B} = \sqrt{\dfrac{M_B}{M_A}}同温同圧では軽い分子ほど速く噴出する

🔍 平均自由行程 λ = kT/(√2·πd²p) の組み立て

  1. Step 1: 衝突の基準となる「排除断面積」
    σ=πd2\sigma = \pi d^2

    半径 d/2 の分子同士は中心間距離 d 以内に来たら衝突とみなせる。着目分子の進路上で衝突判定になる断面積は πd²。

  2. Step 2: 単位距離あたりの衝突相手の数
    nπd2(n:単位体積あたりの分子数)n\pi d^2 \quad (n: \text{単位体積あたりの分子数})

    距離を進むごとに、円柱 πd²×(進んだ距離) の中に入った分子すべてと衝突する。密度 n が高いほど衝突は多い。

  3. Step 3: 相手も動いていることを補正
    2 倍に補正⇒n2πd2\sqrt{2} \text{ 倍に補正} \Rightarrow n\sqrt{2}\pi d^2

    周囲の分子も動いているので、相対速度の分だけ衝突は頻繁になる。厳密な統計力学の計算では √2 倍となる。

  4. Step 4: 自由行程の平均をとる
    λ=1n2πd2=kT2πd2p\lambda = \frac{1}{n\sqrt{2}\pi d^2} = \frac{kT}{\sqrt{2}\pi d^2 p}

    衝突までに進める平均距離が平均自由行程。理想気体の関係 p = nkT を使えば右辺のように書ける。

  5. Step 5: 条件依存性の読み取り
    T↑⇒λ↑,p↑⇒λ↓T \uparrow \Rightarrow \lambda \uparrow, \qquad p \uparrow \Rightarrow \lambda \downarrow

    分子径一定のモデルでは、圧力一定で温度を上げると数密度が下がるので自由行程が伸びる。温度一定で圧力を上げると短くなる。体積・分子数一定なら温度を上げても自由行程は変わらない。

例題

同じ温度で水素(M = 2.0)と酸素(M = 32)の分子の平均の速さの比はいくらか。

解答・解説

v∝1/Mv \propto 1/\sqrt{M} より 32/2.0=16=\sqrt{32/2.0} = \sqrt{16} = **4倍**。水素分子は酸素分子の4倍の速さで動く。

グレアムの法則が直接適用できる代表例は、同温同圧の気体が平均自由行程より小さい穴から低圧側へ流出する噴出です。空気中の一般的な拡散では、衝突相手や分子径も影響するため、分子量だけで速さが決まるとは限りません。
練習問題
  1. 気体の圧力が生じる機構を分子の運動で説明せよ。

    ヒント

    壁との衝突と運動量。

    解答・解説

    分子が器壁に弾性衝突するたびに、壁に垂直な速度成分の大きさを vₓ として運動量 2mvₓ を壁へ渡す。単位時間・単位面積あたりの運動量の総和が圧力として観測される。分子数が莫大なので揺らぎは無視でき一定値になる。

  2. 同一温度・同一圧力で比較して、ヘリウムと酸素の平均自由行程の大小を述べよ。

    ヒント

    λ = kT/(√2πd²p)。分子径に注目。

    解答・解説

    **He > O₂**。λ は分子径 d が小さいほど大きい。He は O₂ より分子が小さいので、同じ T・p でも衝突しにくく自由行程が長い。

  3. ある気体の絶対温度を4倍にしたとき(体積・分子数一定)、分子の平均の速さは何倍になるか。

    ヒント

    (1/2)mv̄² = (3/2)kT。

    解答・解説

    平均運動エネルギーは T に比例するので v̄ ∝ √T。**2倍**になる。

確認クイズ(気体分子の運動論)

問1. 絶対温度が上がると平均自由行程はどうなるか(圧力一定)。

問2. 同じ温度での H₂ と O₂ の平均の速さの比 v(H₂):v(O₂) は?

問3. 対流のない静かな気体中で、分子の速さに比べて拡散による正味の移動が遅い主な理由はどれか。

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