静止摩擦と動摩擦:滑り出す条件と摩擦の向き

静止摩擦は必要な分だけ働く力。滑らないと仮定して求めた力を上限と比べ、接触面に対する相対運動から摩擦の向きを判断する。

この単元の目標
  • 静止摩擦力の実際の大きさと最大静止摩擦力を区別できる
  • 滑らないと仮定して必要な摩擦力を求め、上限と比較できる
  • 地面から見た運動でなく接触面の相対運動から摩擦の向きを説明できる
  • 垂直抗力を求めてから、静止摩擦と動摩擦のモデルを使い分けられる
📑 目次
  1. 1 軽く押した本が動かないのはなぜ?
  2. 2 「滑らない」と仮定して、後で点検する
  3. 3 摩擦の向きは「面とのずれ」で決まる
  4. 4 地面から見て加速していても、静止摩擦
  5. 5 斜面では重力を分けてから判定する
  6. 6 モデルの範囲と、止まった瞬間の再判定

1 軽く押した本が動かないのはなぜ?

机の上の本を少し押しても動かない場面を想像してください。押す力が右へ 1 N なら、静止している本の水平合力は 0 なので、机からの摩擦力は左へ 1 N です。右へ 2 N 押しても静止できるなら摩擦力は左へ 2 N。摩擦がいつも決まった大きさなら、この二つの静止状態を両方説明できません。

固体の接触面は微視的には一様でなく、接触部分の変形や結び付きが横ずれに抵抗します。滑る前には抵抗が必要な分だけ変わりますが、支えられる力には限界があります。「上限まで使えるが、いつも上限を使うわけではない」と考えると、静止摩擦の式を読み違えません。これは乾いた固体どうしの接触を単純化したモデルであり、微視的な仕組みのすべてを表すものではありません。

0≤fs≤μsN,fs,max=μsN0\leq f_{\mathrm{s}}\leq \mu_{\mathrm{s}}N,\qquad f_{\mathrm{s,max}}=\mu_{\mathrm{s}}N

ここで fₛ は静止摩擦力の大きさ、N は面に垂直な押し合いの力(垂直抗力)、μₛ は静止摩擦係数です。力の単位は N(ニュートン)、係数に単位はありません。静止摩擦とは「接触面どうしが滑っていないときの摩擦」であり、地面から見て物体が止まっているという意味ではありません。

fₛ = μₛN と最初から置かないこと。等号は滑り出す限界で使います。必要な水平力がなければ fₛ = 0 も可能です。限界に達しただけなら理想モデルでは静止が可能で、そこから必要な力が上限を超えると滑らない状態を保てません。

2 「滑らない」と仮定して、後で点検する

なぜ先に仮定するのでしょう。摩擦力そのものは条件に応じて変わるので、係数だけでは値を決められないからです。まず物体が接触面と一緒に動くための加速度を決め、運動方程式から必要な摩擦力を逆算します。これは「この荷物を支えるのに必要な力」と「支えられる上限」を別々に見積もる作業です。

  1. どの物体に働く力かを指定し、重力・垂直抗力・外力・摩擦力を描く。
  2. 面に垂直な方向の運動方程式から N を求める。水平面でも斜めに引けば N は mg と限らない。
  3. 滑らないと仮定し、面に沿う運動方程式から必要な摩擦力を求める。
  4. 必要な摩擦力の大きさが μₛN 以下なら仮定は成立。超えるなら動摩擦のモデルに切り替える。
例題1:押す力を増やすと、どこで滑る?

質量 2.0 kg の箱が水平な固定床に静止している。μₛ = 0.40、動摩擦係数 μₖ = 0.30、g = 10 m/s² とする。右向きの水平外力 P をゆっくり増やす。P = 5.0 N のときの摩擦力と、静止できる P の上限を求めよ。さらに P = 10 N にして右へ滑っている間の加速度を求めよ。鉛直方向の外力は重力と垂直抗力のみ。

解答・解説

鉛直加速度は 0 なので N = mg = 20 N、上限は μₛN = 8.0 N。P = 5.0 N なら必要な摩擦力は左へ 5.0 N で、上限以下だから静止できる。静止できる P の上限は 8.0 N。P = 10 N では静止は不可能で、右へ滑る間の動摩擦力は左へ μₖN = 6.0 N。右を正にして 2.0a = 10−6.0 より a = 2.0 m/s²。8.0 N は静止摩擦の上限であり、滑った後の摩擦力ではない。

例題1の状態摩擦力の大きさ意味
P = 0、静止0 N打ち消す水平外力がない
P = 5.0 N、静止5.0 N必要な力だけ働く
P = 8.0 N、静止の限界8.0 N最大静止摩擦力に達する
P = 10 N、右へ滑走6.0 N動摩擦係数を使う

3 摩擦の向きは「面とのずれ」で決まる

動くベルトの上に箱が乗っている場面を考えます。箱が地面から見て右へ進んでいても、ベルトがもっと速く右へ進めば、箱はベルトから見ると左へずれています。ベルトが箱に及ぼす摩擦力はこの左ずれを妨げる右向きです。摩擦は、物体の地面に対する速度と同じ向きになることもあります。

vrel=vbox−vsurface,fx=−μkNvrel∣vrel∣(vrel≠0)v_{\mathrm{rel}}=v_{\mathrm{box}}-v_{\mathrm{surface}},\qquad f_x=-\mu_{\mathrm{k}}N\frac{v_{\mathrm{rel}}}{|v_{\mathrm{rel}}|}\quad(v_{\mathrm{rel}}\ne 0)

式は右を正とする一直線の滑りを表します。fₓ は箱に働く摩擦力の符号付き成分で、滑っている間の大きさは μₖN と近似します。相対速度の単位は m/s。静止摩擦の場合は相対速度が 0 なのでこの式を使わず、「摩擦がなければどちらへずれ始めるか」を考え、そのずれを防ぐ向きに必要な力を置きます。

「摩擦は必ず運動と逆向き」は、面が固定されていて物体が滑る場合には使えますが、一般には不十分です。向きを決める相手は接触している面です。また箱がベルトに及ぼす摩擦力は、ベルトが箱に及ぼす力と反対向きで、別の物体に働きます。
例題2:右へ進む箱を、右へ加速する摩擦

質量 1.5 kg の箱が水平ベルト上で滑っている。ある瞬間、地面から見た箱の速度は右へ 1.0 m/s、ベルトの速度は右へ 3.0 m/s。μₖ = 0.20、g = 10 m/s² とし、箱の水平力は摩擦だけとする。この瞬間の摩擦力と加速度を求めよ。

解答・解説

相対速度は 1.0−3.0 = −2.0 m/s、つまり箱はベルトに対して左へ滑る。よって箱への摩擦力は右向き。N = 1.5×10 = 15 N だから大きさは 0.20×15 = 3.0 N、加速度は右へ 3.0/1.5 = 2.0 m/s²。箱の地面に対する速度と摩擦力は同じ向きになる。この計算は相対速度が 0 になるまでの滑走中に限る。

4 地面から見て加速していても、静止摩擦

ベルトと箱の速度が一致したら、動摩擦の式をそのまま使い続けてよいでしょうか。滑りがなくなったので、改めて静止摩擦で一緒に動けるか調べます。ベルトが一定速度なら箱にも水平加速度は不要で、他に水平力がなければ摩擦力は 0。ベルトが加速するなら、その加速度を箱に与える力が必要です。

例題3:ベルトと一緒に加速できる限界

質量 2.0 kg の箱が水平ベルト上にあり、初めはベルトと同じ速度で右へ動いている。μₛ = 0.35、μₖ = 0.25、g = 10 m/s²。箱の水平力は摩擦だけとする。ベルトを右へ 2.0 m/s² で加速すると箱は滑るか。右へ 4.0 m/s² で加速する場合も判定せよ。

解答・解説

N = 20 N、静止摩擦の上限は 7.0 N。滑らないなら箱もベルトと同じ加速度なので、前者で必要な摩擦力は右へ ma = 4.0 N。7.0 N 以下だから滑らない。後者で必要なのは右へ 8.0 N で上限を超える。箱はベルトに対して左へ滑り始め、右向きの動摩擦力 5.0 N を受け、箱の加速度は右へ 2.5 m/s² となる。滑らずに追従できるベルトの加速度の上限は μₛg = 3.5 m/s²。

静止摩擦が働くからといって、合力が 0 とは限りません。静止している固定床上の箱なら水平加速度 0 ですが、加速するベルトに対して滑らない箱には加速度があります。運動方程式は地面に固定した慣性系で立て、箱に必要な加速度を入れます。

5 斜面では重力を分けてから判定する

斜面上で箱が下りたがるのは、重力の一部が斜面に沿う向きに働くからです。重力の全部が面を押すわけではありません。水平から角度 θ の固定斜面上で、重力・垂直抗力・摩擦だけを受ける物体を考え、回転や転倒は起こらないものとします。面に垂直な加速度は 0、滑らず止まるのに必要な摩擦は斜面上向きです。

🔍 斜面に止まれる条件をつくる(0 ≤ θ < 90°)

  1. 面を押す成分
    N=mgcos⁡θN=mg\cos\theta

    垂直抗力は重力の面に垂直な成分とつり合う。

  2. 滑らないために必要な力
    fs=mgsin⁡θf_{\mathrm{s}}=mg\sin\theta

    斜面下向きの重力成分を摩擦で打ち消す。

  3. 上限と比較
    mgsin⁡θ≤μsmgcos⁡θ⟺tan⁡θ≤μsmg\sin\theta\leq\mu_{\mathrm{s}}mg\cos\theta\quad\Longleftrightarrow\quad\tan\theta\leq\mu_{\mathrm{s}}

    正の mg cosθ で割る。同じ係数なら、この理想モデルでは質量が判定式から消える。

6 モデルの範囲と、止まった瞬間の再判定

μₛ、μₖ を一定とするのは乾いた固体面の摩擦を扱う近似です。材質や表面状態によって値は変わり、一般に静止摩擦の上限より動摩擦が小さい例が多いものの、すべての接触で同じとは限りません。液体の粘性抵抗、強い粘着、タイヤの複雑な変形などには別の検討が必要です。ここでは接触が保たれ、回転・転倒・空気抵抗を無視できる箱だけを扱います。

計算中に相対速度が 0 になったら、そこで区切って静止摩擦の条件を調べ直しましょう。たとえば固定床上を滑る箱が止まり、水平外力もなければ、その後の摩擦力は 0。止まる前の動摩擦力をそのまま残して「逆向きに動き出す」とするのは誤りです。

練習:必要な力・上限・相対速度の順に考える
  1. 水平な固定床上で静止している質量 3.0 kg の箱に、右へ 6.0 N の水平力を加える。μₛ = 0.30、g = 10 m/s²。摩擦力の大きさと向きは?

    解答・解説

    N = 30 N、上限は 9.0 N。静止に必要な左へ 6.0 N は上限以下なので、摩擦力は左へ 6.0 N。9.0 N は最大値であって実際の値ではない。

  2. 例題2と同じ箱・係数で、箱が右へ 4.0 m/s、ベルトが右へ 3.0 m/s の瞬間を考える。箱に働く摩擦力と加速度は?

    解答・解説

    相対速度は +1.0 m/s で箱はベルトに対して右へ滑る。摩擦力は左へ 3.0 N、加速度は左へ 2.0 m/s²。向きが例題2と逆なのは、地面から見た進行方向ではなく相対速度の符号が変わったため。

  3. 質量 1.0 kg の箱を角度 30° の固定斜面上に静かに置く。μₛ = 0.60、g = 10 m/s²。回転・転倒は起きない。滑らずに止まれるか。必要な摩擦力とその上限も求めよ。

    解答・解説

    N = 10 cos30° = 5√3 N ≈ 8.66 N。必要な摩擦は斜面上向き 10 sin30° = 5.0 N。上限は 0.60×5√3 = 3√3 N ≈ 5.20 N なので止まれる。摩擦力は 5.20 N ではなく 5.0 N。

  4. 質量 2.0 kg の箱を水平な固定床上で、水平から上へ 30° の向きに大きさ 10 N の力で引く。μₛ = 0.50、g = 10 m/s²。初め静止していた箱は静止を保てるか。

    解答・解説

    上向き成分が 10 sin30° = 5.0 N なので N = 20−5 = 15 N。上限は 7.5 N。一方、水平成分は 10 cos30° = 5√3 N ≈ 8.66 N で上限を超えるため静止は保てない。N = mg としてしまうと誤判定になる。

確認クイズ:名前でなく条件で選ぶ

問1. 固定床に静止した箱の最大静止摩擦力が 12 N。水平に右へ 7 N だけ押しても箱が動かないとき、摩擦力は?

問2. 箱も水平ベルトも地面から見て右へ動いているが、箱の方が遅く、ベルト上を滑っている。ベルトから箱への摩擦力の向きは?

問3. 加速する水平ベルト上で箱が滑らずに運ばれ、箱の水平力は摩擦だけである。正しい説明は?

問4. 水平な固定床上を滑る箱が止まった。水平外力はほかになく、その後も加えない。摩擦の単純モデルでその後は?

解くときの合言葉は「相手の面はどれ? → 滑っている? → N はいくつ? → 必要な力は上限以内?」。静止摩擦では必要量を、動摩擦では相対速度の向きと係数を使います。
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