最小二乗法と射影 — 残差から直線当てはめとQRへ
観測値を列空間へ近づけるという見方から、正規方程式の必要十分性、中心化した直線当てはめ、係数の一意性、QRによる解法を一つのデータでつなぎます。
- 最小二乗法が最小化する距離と、散布図上の垂直方向の残差を区別して説明できる
- 残差の直交性から正規方程式を導き、それが最小値を与えることを示せる
- 中心化したデータから傾きと切片を求め、残差で検算できる
- 予測値の一意性と係数の一意性を区別し、QRで同じ射影を計算できる
📑 目次
1.全部を通れないなら、何を近づけるか
測定値にばらつきがあると、一本の直線で全点を通ることはできません。そこで「上に外れた量と下に外れた量を相殺する」のではなく、各ずれを二乗して足します。大きなずれほど強く罰する、という選択です。ここでは説明変数 t を固定し、応答 y を y≈a+ct で表す通常の最小二乗法を考えます。例題のデータは説明用の自作・無次元データで、分数は近似でなく厳密値です。
2.調節できる予測値は列空間に並ぶ
切片を変えると全観測の予測値が同じだけ動き、傾きを変えると各予測値が t に比例して動きます。この二つの動かせる方向を行列の列に並べます。一般には実 m×n 行列 A、係数ベクトル x、観測ベクトル b を用い、予測 Ax を作ります。直線の場合だけ x=(a,c)ᵀ、b=(y₁,…,yₘ)ᵀ です。
A の列の線形結合全体を列空間 Col(A) と呼びます。予測 Ax はこの空間から出られません。床の上から動けない点を、床の上方にある点へ近づけるなら、真下まで動かすのが最短です。同じ考えで b に最も近い列空間の点を探す操作が正射影です。有限次元の部分空間なので、この最も近い予測値は必ず存在します。
3.なぜ残差は動かせる方向に直交するのか
最適候補を x̂、残差を r=b−Ax̂ とします。もし残差に「まだ動かせる方向」の成分が残っていたら、その方向へ少し動くことで距離を短くできるはずです。この直感を、任意の係数方向 h に沿う一変数の二次式で確かめます。
🔍 方向を一本ずつ調べて正規方程式を得る
- 係数を実数 s だけ動かす
転置 T と標準内積を用いた二乗の展開です。h は任意です。
- 最小なら s=0 で傾きは0
すべての座標方向 h について0なので、Aᵀr の各成分が0です。
- 残差の定義を戻す
これを正規方程式と呼びます。正規分布を仮定した式ではありません。
停留点を求めただけでは一般に最小とは限りません。しかしこの問題では、直交性があれば下のピタゴラスの等式が成り立つため、大域的な最小値だと保証できます。つまり正規方程式は、実数・制約なし・通常の二乗ノルムの最小二乗問題における必要十分条件です。
、 とする。係数 x は実数一つである。最小二乗解、予測、残差を求めよ。
解答・解説
、 より 。予測は 、残差は 、二乗和は6です。残差と A の内積は −1+1=0。直接平方完成しても となり一致します。第3成分はどの x でも0としか予測できず、残差2は消せません。
4.一意なのは係数か、予測か
上の等式で別の係数 x̂+h も最小になるのは Ah=0 のときだけです。そのとき予測 A(x̂+h) は Ax̂ と同じです。したがって予測は常に一意ですが、係数まで一意になるには A の列が一次独立でなければなりません。同じ働きをする列があれば、係数の分担を変えても予測が変わらないからです。
5.中心化すると直線の係数の意味が見える
切片を含む直線では列が 1 と t なので、直交性は「残差の和が0」「t を掛けた残差の和が0」です。まず一つ目を使うと、当てはめ直線がデータの平均点を通ることがわかります。そこを原点に移す中心化を行えば、切片と傾きの計算が分離します。
🔍 平均点を通る直線の傾きを求める
- 定数列への直交性
m≥1、平均はそれぞれの和を m で割ったものです。
- t の列への直交性に代入
中心化した t の和が0なので、平均の成分が消えます。
- 少なくとも二つの異なる t があるとき
分母が0、つまり全 t が同じときにはこの割り算はできません。
自作データ (t,y)=(−1,0),(0,1),(1,1),(2,4) に切片ありの最小二乗直線を当てはめる。平均を引いてから、傾きと切片、残差の二乗和を求めよ。
解答・解説
平均は t̄=1/2、ȳ=3/2。中心化した t は (−3/2,−1/2,1/2,3/2)、y は (−3/2,−1/2,−1/2,5/2)。t の二乗和は5、積の和は6なので c=6/5、a=9/10。予測は (−3/10,9/10,21/10,33/10)、残差は (3/10,1/10,−11/10,7/10)。残差の和も t を掛けた和も0です。二乗和は (9+1+121+49)/100=9/5。残差が正負に分かれること自体ではなく、二つの内積が0であることが最小の証拠になります。
データ (t,y)=(2,1),(2,2),(2,6) を y≈a+ct で当てはめる。係数が一意になるかを判断せよ。
解答・解説
予測は全て a+2c=s です。二乗和は (1−s)²+(2−s)²+(6−s)²=3(s−3)²+14。したがって a+2c=3 を満たすすべての係数が解です。例えば (a,c)=(3,0) と (1,1) は同じ予測 (3,3,3) を与え、最小二乗和は14。観測が3点あっても、t の変化がないので傾きは識別できません。
6.QRは同じ射影を別の座標で計算する
列が斜めに交わっていると、ある係数の変更が他の方向にも影響します。列空間の基底を互いに直交する単位ベクトルへ取り替えると、その方向の成分を内積だけで読み取れます。m≥n かつ列が一次独立の A の薄いQR分解 A=QR では、Q は m×n、R は可逆な n×n 上三角行列です。
右辺第2項は列空間に垂直な、動かせない成分です。第1項を0にすれば最小なので Rx̂=Qᵀb を後退代入で解きます。予測は QQᵀb、残差は (I−QQᵀ)b。P=QQᵀ は Pᵀ=P、P²=P を満たす射影行列です。列独立なら P=A(AᵀA)⁻¹Aᵀ とも書け、正規方程式とQRは厳密演算では同じ予測を与えます。
例題2の の列は と 。第1列を正規化し、第2列からその方向の成分を引いて、薄いQR分解を作れ。
解答・解説
。第2列と の内積は1なので、引き算すると 。長さは で、これを割ったものが です。従って 、。下の式 から 、上の式 から 。第2列を直交化する操作は t の中心化そのものでした。
7.計算の保証とモデルの妥当性は別
ここまでの最小化に誤差の正規分布は不要です。一方、回帰係数の不偏性や信頼区間などには、誤差の平均・分散・独立性など別の仮定が必要です。残差が直交していても直線モデルが現象に適切とは限らず、外れ値に二乗が強く反応する点も残ります。通常の最小二乗は各観測を同じ重みで扱います。測定精度が異なる場合に正の対角成分をもつ対角行列 W を使う重み付き最小二乗では、直交条件も AᵀWr=0 に変わります。
- 予測式から A の列を作る。切片ありなら定数1の列を忘れない。
- 列の独立性を確認し、正規方程式またはQRで解く。m≥n だけで一意と決めない。
- 予測と残差を元のデータで計算し直し、Aᵀr=0 と二乗和を確認する。丸めを含む計算ではデータの尺度に応じた許容誤差で検査する。
- 残差の形や外れ値も調べる。最小二乗解が求まったことと、外挿や因果解釈が妥当なことを混同しない。
、 の最小二乗解、残差、最小二乗和を求めよ。
ヒント
係数は実数一つです。AᵀA と Aᵀb を計算します。
解答・解説
、 より 。予測は 、残差は 、二乗和は5です。内積 により最小であることも確認できます。
データ (t,y)=(−1,2),(0,0),(1,4) の切片ありの最小二乗直線と残差を求めよ。
ヒント
t の平均が0なので切片は y の平均です。
解答・解説
t̄=0、ȳ=2、Sₜₜ=2、中心化した積の和は2なので c=1、a=2。予測は (1,2,3)、残差は (1,−2,1)、二乗和は6。残差の和は0、t を掛けた和も −1+1=0 です。
データ (t,y)=(1,2),(2,1) に、切片を固定して0にした直線 y=ct を当てはめる。残差の和は0になるか。
解答・解説
c=(1×2+2×1)/(1²+2²)=4/5。残差は (6/5,−3/5)、和は3/5で0ではありません。しかし t との内積は6/5−6/5=0。定数列を A に入れなかったので、残差の和が0という条件は要求されません。
薄いQR分解で 、 とわかっている。最小二乗係数 を求めよ。
解答・解説
を下から解きます。 より 、 より 。R の対角要素がともに0でないので解は一意です。なおこの情報だけでは列空間の外の成分は不明なので、残差の大きさは決まりません。
問1. 実行列 A の通常の最小二乗問題で、r=b−Ax̂ が Aᵀr=0 を満たすとき、常に正しいのはどれか。
問2. 切片ありの直線当てはめで、係数が一意に決まるための t の条件はどれか。
問3. m>n、列独立な A=QR の薄いQR分解で、QQᵀ は何を表すか。
問4. 通常の最小二乗解を正規方程式よりQRで求める主な数値的利点はどれか。