ミクロ状態とボルツマン分布

「数え上げ」からエントロピーと温度を定義し、平衡を理解する。

この単元の目標
  • エントロピーのミクロ状態との関係 S=kln⁡WS = k \ln W を説明できる
  • ボルツマン因子を使って状態間の人口比を計算できる

数え上げがすべての始まり

S=kBln⁡W(W=ミクロ状態の数,  kB=1.38×10−23 J/K)S = k_B \ln W \qquad (W = \text{ミクロ状態の数},\; k_B = 1.38 \times 10^{-23}\,\mathrm{J/K})

孤立した平衡系で許されたミクロ状態を等確率とする場合、同じ巨視的状態を実現する状態数 WW に対して S=kBln⁡WS=k_B\ln W と書けます。巨視的状態の確率はそれを実現する状態数に比例します。一般にミクロ状態の確率 pip_i が等しくない場合は S=−kB∑ipiln⁡piS=-k_B\sum_i p_i\ln p_i であり、pi=1/Wp_i=1/W を代入すると元の式に戻ります。「乱雑さ」という比喩よりも、何を状態として数え、どの確率を割り当てたかが重要です。

例題(コインの数え上げ)

区別できる公平なコイン 10 枚を独立に投げる。「表 5 枚」となる割り当て方は何通りか。表の枚数として最も起こりやすい値は?

解答・解説

(105)=252\binom{10}{5}=252 通り。表が rr 枚の確率は (10r)/210\binom{10}{r}/2^{10} なので、最も起こりやすい枚数は 5 枚で、その確率は 252/1024≈0.246252/1024\approx0.246。個々の表裏の配置はどれも同確率であり、最頻なのは「表が5枚」という巨視的状態である。

ボルツマン因子

温度 T>0T>0 の大きな熱浴と弱く接して熱平衡にある系を考えます。系の体積・粒子数は固定し、相互作用エネルギーは無視できるとします。ボルツマン因子はまず個々のミクロ状態の確率を与えます。同じエネルギーの状態が複数ある場合(縮退)、その準位の確率は状態数も掛けて求めます。

Pi=e−βEiZ,Z=∑je−βEj,β=1kBTP_i=\frac{e^{-\beta E_i}}{Z},\qquad Z=\sum_j e^{-\beta E_j},\qquad \beta=\frac{1}{k_BT}

🔍 熱浴の状態数からボルツマン因子を導く

  1. 1. 全体を孤立系とする
    Etot=Ei+ER,Pi∝WR(Etot−Ei)E_{\mathrm{tot}}=E_i+E_R,\qquad P_i\propto W_R(E_{\mathrm{tot}}-E_i)

    系が特定のミクロ状態 i にあるとき、残りのエネルギーを受け持つ熱浴 R の状態数に比例して確率が決まります。全体の等確率の原理を使っています。

  2. 2. 大きな熱浴のエントロピーを展開
    SR(Etot−Ei)≃SR(Etot)−EiT,(∂SR∂ER)VR,NR=1TS_R(E_{\mathrm{tot}}-E_i)\simeq S_R(E_{\mathrm{tot}})-\frac{E_i}{T},\qquad \left(\frac{\partial S_R}{\partial E_R}\right)_{V_R,N_R}=\frac1T

    エネルギーを少し渡しても熱浴の温度はほぼ変わらず、高次の項を無視できます。

  3. 3. 指数に戻して規格化
    WR=eSR/kB∝e−Ei/(kBT),∑iPi=1W_R=e^{S_R/k_B}\propto e^{-E_i/(k_BT)},\qquad \sum_i P_i=1

    規格化定数が分配関数 Z です。エネルギーのゼロ点をずらしても、分子と Z に同じ係数が掛かるので確率は変わりません。

  4. 4. 縮退を含む準位の比
    P(E2)P(E1)=g2g1exp⁡(−E2−E1kBT)\frac{P(E_2)}{P(E_1)}=\frac{g_2}{g_1}\exp\left(-\frac{E_2-E_1}{k_BT}\right)

    g はそのエネルギーを持つミクロ状態の数です。縮退度が等しいときだけ、準位の人口比は指数因子そのものになります。

固定した差 ΔE>0\Delta E>0 に対する温度e−ΔE/(kBT)e^{-\Delta E/(k_BT)}等縮退の2準位での意味
kBT≫ΔEk_BT\gg\Delta E1 に近い両準位の人口がほぼ等しい
kBT=ΔEk_BT=\Delta Ee−1≈0.368e^{-1}\approx0.368上位/下位の人口比は約 0.37
kBT≪ΔEk_BT\ll\Delta E0 に近いほぼすべての確率が下位準位に集まる
例題

室温(kBT≈25k_B T \approx 25 meV)の熱浴と平衡にある、縮退度が等しい2準位を考える。エネルギー差が 50 meV のとき上位/下位の人口比を求めよ。

解答・解説

P2/P1=e−50/25=e−2≈P_2/P_1 = e^{-50/25} = e^{-2} \approx **0.14**。上位状態は約 7 分の 1 しか住んでいない。

化学の「平衡定数はギブズエネルギーで決まる」も、この指数則の表現です。統計力学は熱力学にミクロな絵を与える理論といえます。
練習問題
  1. 体積を自由に膨張させると理想気体のエントロピーは増える。ミクロ状態の観点から理由を述べよ。

    解答・解説

    使える体積が増えると、分子の**配置の仕方が増える**(WW が増加)。S=kBln⁡WS = k_B \ln W よりエントロピーも増える。

  2. T→0T \to 0 でボルツマン分布はどうなるか。何が起きていると言えるか。

    解答・解説

    離散的で有限の縮退度を持つ基底準位 E0E_0 と正の励起ギャップを仮定する。規格化された平衡分布では励起状態との比が e−(Ei−E0)/(kBT)→0e^{-(E_i-E_0)/(k_BT)}\to0 となり、基底準位の全確率が 1 に近づく。基底状態が g0g_0 重に縮退して等確率なら S→kBln⁡g0S\to k_B\ln g_0 で、必ずゼロになるわけではない。これは系全体の状態の議論であり、フェルミ粒子まで全粒子が同じ一粒子状態を占めるという意味ではない。

  3. エネルギーが 0,Δ0,\Delta の2準位系で、縮退度はそれぞれ 1,31,3、Δ>0\Delta>0 とする。Δ=kBTln⁡3\Delta=k_BT\ln3 のとき分配関数、上位準位の確率、平均エネルギーを求めよ。

    ヒント

    上位準位には同じ重みのミクロ状態が3つある。

    解答・解説

    e−βΔ=1/3e^{-\beta\Delta}=1/3 より Z=1+3e−βΔ=2Z=1+3e^{-\beta\Delta}=2。上位準位の全確率は P(Δ)=3e−βΔ/Z=1/2P(\Delta)=3e^{-\beta\Delta}/Z=1/2、平均は ⟨E⟩=0×(1/2)+Δ×(1/2)=Δ/2\langle E\rangle=0\times(1/2)+\Delta\times(1/2)=\Delta/2。上位の各ミクロ状態の確率は 1/61/6 であり、準位全体の確率 1/21/2 と区別する。

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