呼吸の詳細解説と ATP 収支

解糖系からクエン酸回路、電子伝達系までの流れを追い、ATP 収支の計算過程を導出する。

この単元の目標
  • 解糖系・クエン酸回路・電子伝達系の場所と役割を対応づけられる
  • グルコース 1 分子からの ATP 収支を段階的に計算できる
  • 発酵が ATP 産出の連続性を保つ仕組みを説明できる
📑 目次
  1. 呼吸の3段階
  2. 電子伝達系と化学浸透説
  3. 発酵——NADH の使い道がないとき

呼吸の3段階

好気的呼吸は、(1) 細胞質基質の解糖系、(2) ミトコンドリア基質(マトリックス)のクエン酸回路、(3) 内膜の電子伝達系・酸化的リン酸化という3段階で進みます。解糖系とクエン酸回路は「NADH(電子の運び屋)と少量の ATP」をつくり、電子伝達系は「その NADH を使って大量の ATP」をつくります。つまり呼吸とは、グルコース中のエネルギーを少しずつ切り分けて NADH に保存し、最後にまとめて ATP へ換金するプロセスだと言えます。

C6H12O6+6O2→6CO2+6H2O+(大量の ATP)\mathrm{C_6H_{12}O_6} + 6\mathrm{O_2} \rightarrow 6\mathrm{CO_2} + 6\mathrm{H_2O} + (\text{大量の ATP})
段階場所入力主要な産物
解糖系細胞質基質グルコース 1 分子ピルビン酸 2 分子、NADH 2、ATP 2(純増)
ピルビン酸の酸化ミトコンドリア基質ピルビン酸 2 分子アセチル CoA 2、NADH 2、CO₂ 2
クエン酸回路ミトコンドリア基質アセチル CoA 2NADH 6、FADH₂ 2、ATP(GTP) 2、CO₂ 4
電子伝達系・酸化的リン酸化ミトコンドリア内膜NADH 10個分・FADH₂ 2個分の電子、O₂、ADP、PiATP 約26〜28、H₂O(呼吸全体では約30〜32 ATP)

電子伝達系と化学浸透説

電子伝達系では、NADH が持ってきた高エネルギー電子が複合体 I → III → IV と渡されていく間に、エネルギーの一部で H⁺ が膜間腔へ汲み上げられます。内膜は H⁺ を透さないので、内外にプロトン濃度差(プロトン駆動力)ができます。最後に H⁺ がATP 合成酵素を通り戻るとき、その流れのエネルギーで ADP + Pi から ATP が合成されます。これがミッチェルの化学浸透説で、最終的な電子の受け皿が O₂ なので、末端で水が生成します。シアン化物イオンが猛毒なのは、複合体 IV を阻害してこの流れを止めるためです。

🔍 ATP 収支の導出

  1. Step 1: 還元力の集計
    NADH:2+2+6=10,FADH2:2\text{NADH}: 2 + 2 + 6 = 10, \qquad \text{FADH}_2: 2

    解糖系 2・ピルビン酸酸化 2・クエン酸回路 6 で NADH 10、FADH₂ 2 がそろいます。

  2. Step 2: 電子伝達系での ATP 換算
    10 NADH×2.5+2 FADH2×1.5=25+3=28 ATP10\,\mathrm{NADH} \times 2.5 + 2\,\mathrm{FADH_2} \times 1.5 = 25 + 3 = 28\,\mathrm{ATP}

    NADH 1 個あたり約 2.5、FADH₂ 1 個あたり約 1.5 個(FADH₂ は複合体 I をスキップする分だけ少ない)。

  3. Step 3: 基質レベルのリン酸化を加える
    解糖系+クエン酸回路=4 ATP\text{解糖系} + \text{クエン酸回路} = 4\,\mathrm{ATP}

    解糖系の ATP 4 - 2(投資)=純 2、クエン酸回路で GTP(=ATP 相当)2。

  4. Step 4: 合計
    28+4=32 ATP/glucose28 + 4 = 32\,\mathrm{ATP} / \text{glucose}

    これは解糖系由来 NADH の電子も1個分あたり2.5 ATP と換算する場合。細胞質から電子を運ぶ仕組みによっては2個分の寄与が計2 ATP 少なくなり、合計30 ATP と見積もります。実際の収量にはプロトン漏れなども影響します。旧来の38 ATP は NADH を3、FADH₂ を2 ATP とする別の換算に基づきます。問題では指定された換算を使いましょう。

発酵——NADH の使い道がないとき

酸素がないと電子伝達系が止まり、NADH がたまって解糖系が続けられなくなります。そこで細胞は NADH をピルビン酸(またはその誘導体)に転用して NAD⁺ に戻し、解糖系だけを持続させます。筋肉の乳酸発酵ではピルビン酸が乳酸に、酵母のアルコール発酵ではアセトアルデヒドがエタノールに還元されます。発酵自体は ATP をつくらず、ATP 産出はすべて解糖系の純 2 個に限られる点がポイントです。

  • 乳酸発酵(筋肉・乳製品):ピルビン酸 → 乳酸。NADH は NAD⁺ に戻る
  • アルコール発酵(酵母):ピルビン酸 → アセトアルデヒド(CO₂ 放出) → エタノール
  • 発酵の効率:1 グルコースあたり ATP 2 個。好気呼吸(30〜32 個)に比べはるかに非効率
例題

激しい運動で筋細胞の乳酸生成が増えることを、NAD⁺ の再生と結びつけて説明せよ。

解答・解説

解糖系でできる NADH の再酸化がミトコンドリアでの処理だけでは追いつかないとき、ピルビン酸を乳酸へ還元して NAD⁺ を再生し、解糖系を続けます。酸素があっても乳酸は生成され、電子伝達系が完全に止まる必要はありません。乳酸は再利用される代謝物で、翌日以降の筋肉痛を乳酸の蓄積で説明するのは誤りです。

練習問題
  1. 解糖系・クエン酸回路・電子伝達系それぞれが行われる場所を答えよ。

    ヒント

    細胞質基質、マトリックス、内膜の3つを使い分ける。

    解答・解説

    解糖系は**細胞質基質**、クエン酸回路は**ミトコンドリア基質(マトリックス)**、電子伝達系と ATP 合成は**ミトコンドリア内膜**です。

  2. グルコース 1 分子の完全酸化で NADH が合計いくつ生じるか。各段階の寄与に分けて示せ。

    ヒント

    解糖 2、ピルビン酸酸化 2、クエン酸回路 6。

    解答・解説

    合計 **10 個**(解糖系 2 + ピルビン酸酸化 2 + クエン酸回路 6)。

  3. DNP と呼ばれる化合物は内膜のプロトン漏れを引き起こす。ATP 産出がどうなるか、化学浸透説に基づいて説明せよ。

    ヒント

    プロトン勾配が保てなければ ATP 合成酵素は回せるか?

    解答・解説

    H⁺ が ATP 合成酵素を通らず漏れ戻ると、プロトン駆動力が低下し、酸化的リン酸化による ATP 合成が減ります。電子伝達と酸素消費は続きうる一方、エネルギーが熱として放出されます。解糖系などの基質レベルのリン酸化まで直接止まるわけではありません。

確認クイズ

問1. クエン酸回路が行われる場所はどこ?

問2. 電子伝達系の最終電子受容体はどれ?

問3. 発酵の役割として正しいものはどれ?

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