漢文の基本句法
再読文字・受身・使役・疑問と反語を、読み方と意味の両面から学ぶ。
- 再読文字を含む短文を訓読できる
- 受身と使役を区別できる
- 疑問と反語の訳し方の違いを説明できる
- 疑問詞・否定語がどの範囲にかかるか確かめられる
漢文訓読では、中国語の語順を日本語の語順に読み替え、助詞・助動詞を補います。特定の字が出たら必ず一つの句法になるわけではありません。例えば「使」には使者、「見」には見るという意味もあるので、語の組合せと文全体の意味を調べます。
| 句法 | 基本の読み | 意味 |
|---|---|---|
| 未(再読文字) | 未だ〜ず | まだ〜しない |
| 将(再読文字) | 将に〜んとす | 今にも〜しようとする |
| 当・応(再読文字) | 当に〜べし/応に〜べし | 当然〜すべきだ・〜するはずだ(文脈で判断) |
| 為〜所…(受身) | 〜の為に…せらる、または〜に…せらる | 〜に…される。動詞に応じ「る・らる」を補う |
| 使・令・教(使役) | 〜をして…しむ | 〜に…させる |
| 豈〜乎(反語) | 豈に〜んや | どうして〜だろうか、いや〜ない |
「師使弟子読書。」を書き下し、現代語訳せよ。
解答・解説
「師、弟子をして書を読ましむ。」=「先生が弟子に本を読ませる。」読む人は弟子、読ませる人は先生。「読ま」は未然形で、使役の助動詞「しむ」が続く。
「未学。」を書き下し、読みの順序を説明せよ。
解答・解説
「未だ学ばず。」=「まだ学んでいない。」未を「いまだ」と読み、学を「まなば」と読み、未に戻って「ず」と読む。「いまだ」と「ず」を続けて先に読むわけではない。
疑問は答えを求める問いで、反語は問いの形で強い判断を表します。「誰」「何」などは疑問にも反語にも使われます。「豈に〜んや」は代表的な反語ですが、否定語を含めば「どうして〜でないだろうか、いや〜だ」と肯定を強める場合があります。否定の有無を落とさず訳します。
疑問と反語は同じ問いの形でも働きが違う
| 自作の白文 | 書き下し | 働きと現代語訳 |
|---|---|---|
| 師曰、何謂学。 | 師曰はく、何をか学と謂ふと。 | 疑問。答えを求める。「学ぶとは何か」 |
| 豈不学乎。 | 豈に学ばざらんや。 | 反語。否定を含めて肯定を強める。「学ばないはずがない、いや学ぶ」 |
| 誰欺、欺天乎。 | 誰かこれを欺かん、天を欺かんや。 | 反語。「誰を欺くのか、天を欺くのだろうか(いや欺けるはずがない)」 |
問いの形だけでは、答えを求めているのか、判断を強めているのか決まりません。目印の語(豈・何ぞ〜んや等)と、前後の内容の両方で判断します。反語には否定を含める形と含めない形があり、訳の肯定・打消は文の構造から決まります。
「学ばざれば豈知有得乎。」を書き下し、現代語訳せよ。「有得」は得るところがあるの意で用いる。この「乎」が疑問と反語のどちらの働きか、判断の根拠も述べよ。
解答・解説
「学ばざらば、豈に得るところ有らんや。」=「学ばなければ、得るところなどあるはずがない(いや、ない)」。前件が「学ばざれば」と打消の条件で、学ばないことを前提に述べているため、答えを求める問いではなく、否定の判断を強める反語と読める。「豈に〜んや」の形が反語の目印。
使役と受身は「誰がするのか」が逆になる
| 自作の白文 | 書き下し | する人・させる人 |
|---|---|---|
| 弟読書。 | 弟、書を読む。 | 読むのは弟 |
| 兄使弟読書。 | 兄、弟をして書を読ましむ。 | 読むのは弟、読ませるのは兄 |
| 弟為兄所讃。 | 弟、兄の為に讃めらる。 | 讃めるのは兄、讃められるのは弟 |
使役は本人の動作を他者が起こさせる形、受身は本人の動作を他者が受ける形です。どちらも「動詞の動作主が文の主語ではない」点で、普通の文と違います。訓読の途中で、「読ましむ」の「しむ」と「読ま」の未然形のように、助動詞と直前の活用形を必ず照合します。
「父使子書字。子書字。字為父所見。」を書き下し、①「書しむ」②「書く」③「見る」の動作主を答え、全文を訳せ。「書字」は字を書くの意で用いる。
解答・解説
①「書しむ」の書く動作主は子、させるのは父。②「書く」の動作主は子。③「見る」動作「見る」の動作主は父で、見られるのは字。訳は「父は子に字を書かせる。子は字を書く。字は父に見られる」。使役文と受身文では、文頭の名詞と動作主が一致しないことを確認する。
- 文頭の名詞が、動作主か・させる人か・される人かを句法から確かめる。
- 動詞の直前の活用形と、続く助動詞の接続を照合する。
- 使役と受身が一文に現れたときは、人物関係を図にして確かめる。
- 訳した後、出来事の順序と人物の役割が矛盾しないか読み直す。
「豈怠乎。」を書き下し、現代語訳せよ。これは怠ることについての反語とする。
解答・解説
「豈に怠らんや。」=「どうして怠ろうか、いや怠らない」。反語の目印「豈」に否定語はなく、問いの形で「怠ってはならない」に近い判断を強めている。
「童蒙為人所教。」を書き下し、教える人と教えられる人を答えよ。「童蒙」は物事をまだ学ばない子供の意で用いる。
解答・解説
「童蒙、人の為に教へらる。」=「子供は人に教えられる」。為〜所〜の受身構文で、教えるのは人、教えられるのは童蒙。「教へ」は下二段動詞「教ふ」の連用形で、受身の「らる」が続く。
「師不教而童自知。」の「不教」の主語と、「知」の主語を答えよ。「自」はみずからとする。
解答・解説
「不教」の主語は師、「知」の主語は童(弟子)。訳は「師は教えないが、童はおのずから知る」。同じ一文でも述語ごとに主語が変わるため、否定・動作を誰に結び付けるかを確かめる。
「将行。」と「将に行かんとす。」を比べ、再読文字「将」の二度の読みを示せ。
解答・解説
「将に〜んとす」では、将を一度目「まさに」と読み、次に行(ゆか)の未然形を読み、二度目の将で「んとす」と読む。書き下しは「将に行かんとす」=「今にも行こうとする」。再読文字は同じ字を二度読むため、読みの順序を崩さない。
問1. 「豈不学乎。」の現代語訳として適切なのはどれか。
問2. 「兄使弟読書。」で本を読むのは誰か。
問3. 「字為父所見。」について正しいのはどれか。
問4. 疑問詞だけの文を反語と読むときに必要なのはどれか。
自作短文「為人所笑。」を書き下し、訳せよ。
解答・解説
「人に笑はる。」(「人の為に笑はる。」とも訓読する。)=「人に笑われる。」為〜所〜が受身の構文であり、「笑は」に受身の「る」を補う。
自作短文「豈不知乎。」を「豈に知らざらんや」と読むとき、現代語訳せよ。
解答・解説
「どうして知らないだろうか、いや知っている。」反語が否定「知らず」にかかるので、全体では肯定を強める。
「所」があれば必ず受身か。
解答・解説
必ずではない。「所」は動作の対象などを名詞化する用法もある。為〜所〜などの構文全体から受身かどうか判断する。