この単元の目標- 開始番号と帰納段階の二つが必要な理由を説明できる。
- P(k)とP(k+1)を別々に書き、仮定を使う変形に根拠を付けられる。
- 不等式で仮定から得られる評価と、目標までの残りの比較を区別できる。
- 循環論法、開始番号の誤り、不等号の向きの誤りを修正できる。
📑 目次
- 1.無限個を、一つの出発点と一つの規則で支える
- 2.仮定と目標を、別の欄に書く
- 3.不等式には「仮定の後の一歩」がある
- 4.掛ける数の符号が、証明できる範囲を決める
- 5.「次へ進める」の落とし穴を直す
1.無限個を、一つの出発点と一つの規則で支える
無限に続く階段を想像しましょう。「最初の段に立てる」ことと「どの段からも次の段へ移れる」ことが分かれば、何段目を指定されてもそこまで進めます。ただし、最初の段に立てなければ移る規則だけでは出発できず、一か所でも移れない段があればその先へは届きません。数学的帰納法も、この二つを別々に確かめる証明です。
整数 n に関する主張を P(n) と書きます。ここでは n0 を0以上の整数とし、n≥n0 のすべての整数について証明することを考えます。出発点は必ずしも1ではありません。数式は単位のない数の厳密な関係として扱い、近似は使いません。
この二つから、すべての整数 n≥n0 で P(n) が成り立ちます。例えば n0=4 なら、まず P(4)、次に規則から P(5)、さらに P(6) と続きます。どの有限の番号にも届きますが、「無限番目」という番号の主張を証明するわけではありません。
n=1,2,3 で正しかっただけでは証明になりません。例えば n(n−1)(n−2)(n−3)=0 はその三つでは正しくても、n=4 では左辺24で偽です。また「P(k) が正しいと仮定する」のは、すべての結論を先取りすることではなく、「もしその段に立てたら次へ移れる」という条件付きの関係を証明するためです。 2.仮定と目標を、別の欄に書く
k は範囲内から任意に選んだ整数です。特定の k=10 だけで移れることを示すのではありません。証明を書く前に、紙を「使ってよいこと:P(k)」と「まだ示していないこと:P(k+1)」に分けます。目標の式を眺めることはできますが、正しい式として計算に使えるのは仮定の側です。
- 主張の範囲と出発点を決め、出発点の真偽を実際に計算する。
- 任意の整数kを取り、P(k)を仮定としてそのまま書く。
- P(k+1)を目標欄に書く。指数・添字・括弧の中までk+1に直す。
- 目標の左辺などを変形し、仮定に現れた部分を取り出す。仮定を代入・評価した行に印を付ける。
- 目標との間に残った等式や不等式を示し、開始番号と帰納段階を合わせて結論を書く。
例題1:倍数であることを次へ渡す
すべての整数 n≥1 について、7n−1 は6の倍数であることを数学的帰納法で証明しましょう。
解答・解説
n=1 では 7−1=6 で成立。任意の整数 k≥1 について成立すると仮定すると、ある整数 m を使って 7k−1=6m と書けます。すると 7k+1−1=7(7k−1)+6=7⋅6m+6=6(7m+1)。7m+1 は整数なので、k+1 でも6の倍数です。以上よりすべての整数 n≥1 で成立します。
🔍 なぜ「7を掛けてから6を足す」のか
- 目標の左辺を一段戻す
これだけでは仮定にある「7のk乗から1を引いた形」がまだ見えません。
- 仮定と同じまとまりを作る
括弧を展開すると引きすぎた7を6で補い、もとの式に戻ると確認できます。
- ここで仮定を使う
仮定を差し込んだのはこの等号です。mはkによって変わってよく、すべてのkで同じ整数である必要はありません。
仮定は必ず最初の行に代入するものではありません。まず式を変形して、仮定の形が見えてから使ってかまいません。また、仮定なしで目標を独立に証明できれば、それは直接証明として有効です。問題なのは仮定を使わないこと自体ではなく、未証明の結論を使ってしまうことです。
3.不等式には「仮定の後の一歩」がある
不等式では、仮定で置き換えただけでは目標まで届かないことがあります。例えば手持ちの金額がある下限以上だと分かっても、その下限が必要額以上でなければ「足りる」とは言えません。帰納法でも「元の式 → 仮定で分かる下限 → 示したい下限」という二段階の比較が必要です。
例題2:出発点を4にする理由まで示す
すべての整数 n≥4 について 2n≥n2 を証明しましょう。
解答・解説
n=4 では 24=16=42。任意の整数 k≥4 で 2k≥k2 と仮定します。正の数2を掛けて 2k+1≥2k2。さらに 2k2−(k+1)2=k2−2k−1=(k−1)2−2≥9−2=7>0 なので、2k2≥(k+1)2。よって 2k+1≥(k+1)2 となり、すべての整数 n≥4 で成立します。n=3 では 8<9 なので、n≥1 の主張にしてはいけません。
🔍 二つの比較を別々に点検する
- 仮定から得られる評価
2が正なので不等号の向きは変わりません。仮定を使う場所はこの不等号です。
- 目標までの差を計算する
ここは帰納法の仮定ではなく、kの範囲を使った比較です。
- 鎖をつないで目標に到達する
出発点n=4だけが等号で、n≥5では不等号が厳密になります。
仮定 2k≥k2 の文字 k を単に k+1 に書き換えて「2k+1≥(k+1)2 が成り立つ」とするのは循環論法です。仮定は今固定した k の主張であり、まだ次の番号には使えません。また、2k+1≥2k2 と書いて終わると、2k2 と目標の比較が未証明です。 4.掛ける数の符号が、証明できる範囲を決める
同じ式を掛けても、不等号の向きが保たれるとは限りません。貯金の残高を正の倍率で増やすなら大小は保たれますが、符号を反転すれば大小も反転します。帰納段階で何を掛けるのかを先に見ると、必要な条件を見落としにくくなります。
例題3:実数の条件を固定してから帰納する
実数 x≥−1 に対し、すべての整数 n≥1 で (1+x)n≥1+nx が成り立つことを証明しましょう(ベルヌーイの不等式)。
解答・解説
まず条件を満たす実数 x を任意に一つ固定します。n=1 では両辺 1+x で等しい。任意の整数 k≥1 で (1+x)k≥1+kx と仮定します。1+x≥0 を掛けると、(1+x)k+1≥(1+kx)(1+x)=1+(k+1)x+kx2≥1+(k+1)x。最後は k≥1 と x2≥0 を使いました。以上より固定した x について全整数 n≥1 で成立し、x は任意だったので全実数 x≥−1 について結論できます。
ここで 1+kx が負でも問題ありません。不等号の向きを決めるのは、両辺に掛ける 1+x の符号です。端点 x=−1 では掛ける数は0ですが、広い意味の不等号「以上」は保たれます。等号は n=1 なら任意の x≥−1 で成立し、n≥2 なら x=0 のときだけです。実際、x=0 なら帰納段階の kx2 が正なので、次の段では厳密な不等号になります。
条件 x≥−1 を外して同じ証明を使ってはいけません。x<−1 では 1+x を掛けた不等号が逆向きになります。主張自体も全実数には広がらず、x=−4,n=3 では左辺 (−3)3=−27、右辺 1−12=−11 で「左辺が以上」は偽です。証明の手順が使えないことと主張が偽であることは別なので、ここでは反例も確認しました。 5.「次へ進める」の落とし穴を直す
| 失敗した説明 | なぜ足りないか | 修正の方針 |
|---|
| P(k)ならP(k+1)と示したので、出発点は不要。 | どの番号でも主張が偽なら、条件付きの関係だけ成立することがある。 | 指定された開始番号で、主張を直接確認する。 |
| P(1)を確認し、P(k)ならP(k+2)と示した。 | 1からは3、5、7、…にしか届かず、偶数が残る。 | P(2)も確認すれば二本の鎖で全正整数を覆える。 |
| P(k+1)を仮定して計算したら、正しい式になった。 | 結論から必要条件を得ただけかもしれない。 | 既知の真の式から目標へ戻れるか、各変形の同値性を確認する。 |
出発点の必要性は、偽の主張 P(n):n=n+1 で確かめられます。「k=k+1 なら、両辺に1を足して k+1=k+2」という帰納段階自体は正しい推論です。しかし P(1) は 1=2 で偽。したがって結論は出ません。帰納段階と出発点は互いの代わりにはならないのです。
練習:仮定を使った行に印を付けよう
すべての整数 n≥1 で 5n−1 が4の倍数になることを帰納法で証明しましょう。
ヒント
5k+1−1 に 5(5k−1) を作ります。
解答・解説
n=1 で 5−1=4。任意の整数 k≥1 について 5k−1=4m(m は整数)と仮定します。5k+1−1=5(5k−1)+4=20m+4=4(5m+1)。2番目の等号で仮定を使い、5m+1 は整数なので次でも成立。以上より全整数 n≥1 で成立します。
すべての整数 n≥1 で 3n≥2n+1 を帰納法で証明しましょう。
ヒント
仮定に3を掛けた下限と、次の目標との差を調べます。
解答・解説
n=1 では 3=2+1。任意の整数 k≥1 で 3k≥2k+1 と仮定すると、3k+1=3⋅3k≥6k+3。これが仮定の使用箇所です。目標は 2(k+1)+1=2k+3 で、差は 4k>0。よって k+1 でも成立し、全整数 n≥1 で成立。等号は n=1 のみです。
2n≥n2 を n≥1 で証明しようとして、n=1 を確認した後「2k+1≥2k2≥(k+1)2」と書きました。破綻する箇所と、主張の範囲の直し方を答えましょう。
解答・解説
後半の比較は k=1 で 2≥4 となり偽です。この下限による方法が失敗しただけで n=2 自体は 4=4 と真ですが、n=3 は 8<9 と偽です。主張を全整数 n≥4 に直し、n=4 を確認した上で、k≥4 では (k−1)2−2≥7 を使えば例題2の証明になります。
例題3を使い (0.98)10 の厳密な下限を一つ示しましょう。また、得た下限と等しいですか。
解答・解説
x=−0.02≥−1,n=10 とすれば (0.98)10≥1+10(−0.02)=0.8。ここで0.98と0.02は正確な小数として扱います。n≥2 かつ x=0 なので等号にはならず、実際は 0.8 より大きい値です。下限0.8は累乗の値の近似計算ではありません。
確認クイズ:証明の論理を選ぶ
問1. 任意の整数k≥5でP(k)ならP(k+1)が示せた。全整数n≥5での成立を結論するため、追加で必要な確認は?
問2. 2k≥k2 を仮定したとき、仮定を直接使って得られる評価はどれ?
問3. P(1)と、全整数k≥1についてP(k)ならP(k+2)を証明した。確実に結論できる範囲は?
問4. (1+x)k≥1+kx の両辺に 1+x を掛けて同じ向きの不等号を保つための条件は?
根拠は本文中の整数の倍数の定義、指数法則、実数の大小関係と平方の非負性です。数列の和の公式を再び導く記事ではなく、仮定・目標・残りの比較を切り分けて証明を設計することに焦点を当てています。数値での確認は計算ミスの検査であり、全番号についての証明の代わりではありません。