固有値の応用——冪計算・フィボナッチ・マルコフ連鎖

対角化を実戦で使う。行列の冪、フィボナッチ数列の閉形式、マルコフ連鎖の定常分布。

この単元の目標
  • 対角化により行列の冪 A^k を効率よく計算できる
  • 固有値からフィボナッチ数列の一般項(ビネーの公式)を導ける
  • マルコフ連鎖の定常分布が固有ベクトル問題として求まることを説明できる

対角化による冪計算

対角化 A=PDP−1A = PDP^{-1} ができれば、行列の冪は対角成分の冪に分解されます。DkD^k の計算は対角成分をそれぞれ k 乗するだけで済み、k 回の行列積を手で計算する必要がありません。この仕組みは漸化式・離散時間システム・差分方程式における「n ステップ後の状態」を求める標準技術です。

A=PDP−1  ⟹  Ak=PDkP−1A = PDP^{-1} \;\Longrightarrow\; A^k = P D^k P^{-1}

🔍 フィボナッチ数列の一般項(ビネーの公式)を固有値で導く

  1. Step 1: 漸化式を 2 元の線形系に書き換える
    (Fn+1Fn)=A(FnFn−1),A=(1110)\begin{pmatrix} F_{n+1} \\ F_n \end{pmatrix} = A \begin{pmatrix} F_n \\ F_{n-1} \end{pmatrix}, \qquad A = \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}

    隣接 2 項を状態ベクトルとみなせば、n ステップ後の状態は AnA^n の適用で決まる。

  2. Step 2: 固有方程式を解く
    det⁡(A−λI)=λ2−λ−1=0⟹λ=1±52\det(A - \lambda I) = \lambda^2 - \lambda - 1 = 0 \quad\Longrightarrow\quad \lambda = \frac{1 \pm \sqrt{5}}{2}

    黄金比 φ=(1+5)/2≈1.618\varphi = (1 + \sqrt{5})/2 \approx 1.618 と ψ=(1−5)/2\psi = (1 - \sqrt{5})/2 が姿を現す。

  3. Step 3: 対角化して n 乗を明示する
    An=P(φn00ψn)P−1  ⟹  Fn=c1φn+c2ψnA^n = P \begin{pmatrix} \varphi^n & 0 \\ 0 & \psi^n \end{pmatrix} P^{-1} \;\Longrightarrow\; F_n = c_1 \varphi^n + c_2 \psi^n

    解は固有モード φn\varphi^n と ψn\psi^n の線形結合として書ける(重ね合わせの原理)。

  4. Step 4: 初期条件 F_0 = 0, F_1 = 1 で係数を決める
    Fn=φn−ψnφ−ψ=15{(1+52)n−(1−52)n}F_n = \frac{\varphi^n - \psi^n}{\varphi - \psi} = \frac{1}{\sqrt{5}} \left\{ \left( \frac{1 + \sqrt{5}}{2} \right)^n - \left( \frac{1 - \sqrt{5}}{2} \right)^n \right\}

    整数の数列が無理数の冪の差で厳密に表われる——線形漸化式の美しい帰結。

マルコフ連鎖の定常分布

各時刻で状態が確率的に遷移する過程は、各成分が非負で列和が 1 の遷移行列 MM と状態分布ベクトル pnp_n により pn+1=Mpnp_{n+1} = Mp_n と書けます。それ以上変化しない分布(定常分布 π\pi)は Mπ=πM\pi = \pi を満たす、すなわち固有値 1 の固有ベクトルです。天気の推移・市場シェア・検索エンジンのページランクなど、「長期的にどこに落ち着くか」という問いがすべてこの形に落ちます。

🔍 なぜ遷移行列は必ず固有値 1 をもつのか

  1. Step 1: 遷移行列の構造
    pn+1=Mpn,mij≥0,各列の和は 1p_{n+1} = M p_n, \qquad m_{ij} \ge 0, \quad \text{各列の和は } 1

    列 j は「状態 j にいるなら次の瞬間どこかに必ず移る」確率の配分を表す。

  2. Step 2: 左から 1 ベクトルを掛ける
    1TM=1T,1=(1,1,…,1)T\mathbf{1}^T M = \mathbf{1}^T, \qquad \mathbf{1} = (1, 1, \dots, 1)^T

    列和がすべて 1 という条件を、行ベクトルとの積で書いたもの。

  3. Step 3: 転置して右固有ベクトルの関係へ
    (M−I)T1=0  ⟹  det⁡(M−I)=det⁡((M−I)T)=0(M - I)^T \mathbf{1} = 0 \;\Longrightarrow\; \det(M - I) = \det\left( (M - I)^T \right) = 0

    転置しても行列式は不変なので、M 自身も固有値 1 をもつことが従う。

  4. Step 4: 定常分布の正体
    Mπ=π,成分の和が 1 になるよう規格化M \pi = \pi, \qquad \text{成分の和が } 1 \text{ になるよう規格化}

    定常分布には、固有値 1 の固有ベクトルであることに加えて、全成分が非負で総和 1 であることが必要です。固有値 1 が単純で、他の固有値の絶対値が 1 未満なら、どんな初期分布も唯一の定常分布へ収束します。定常分布の存在だけでは収束や一意性は保証されません。

例題(通勤手段の移り変わり)

ある会社の通勤者は電車組と車組に分かれている。毎月、電車組の 20% が車組へ、車組の 10% が電車組へ移動する。十分長い期間のあとの定常分布を求めよ。

解答・解説

遷移行列は M=(0.80.10.20.9)M = \begin{pmatrix} 0.8 & 0.1 \\ 0.2 & 0.9 \end{pmatrix}(列が現在の状態)。Mπ=πM\pi = \pi より 0.1π2=0.2π10.1\pi_2 = 0.2\pi_1、つまり π2=2π1\pi_2 = 2\pi_1。π1+π2=1\pi_1 + \pi_2 = 1 と合わせて **π=(1/3, 2/3)\pi = (1/3, \, 2/3)**:最終的に電車組 3 分の 1、車組 3 分の 2 に落ち着く。

練習問題
  1. A=(3102)A = \begin{pmatrix} 3 & 1 \\ 0 & 2 \end{pmatrix} の固有値を求め、A4A^4 を対角化で計算せよ。

    ヒント

    三角行列の固有値は対角成分。A4=PD4P−1A^4 = PD^4P^{-1}。

    解答・解説

    固有値は **3, 2**。P=(110−1)P = \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} として A4=P(810016)P−1=(8165016)A^4 = P \begin{pmatrix} 81 & 0 \\ 0 & 16 \end{pmatrix} P^{-1} = \begin{pmatrix} 81 & 65 \\ 0 & 16 \end{pmatrix}

  2. ビネーの公式で F10F_{10} を計算し、漸化式で得られる 55 と一致することを確かめよ。

    ヒント

    φ10≈122.99\varphi^{10} \approx 122.99, ψ10≈0.008\psi^{10} \approx 0.008。

    解答・解説

    F10=(φ10−ψ10)/5≈122.98/2.236≈F_{10} = (\varphi^{10} - \psi^{10})/\sqrt{5} \approx 122.98/2.236 \approx **55**。∣ψ∣<1|\psi| < 1 なので ψn\psi^n の項はすぐ消え、実質 φn/5\varphi^n/\sqrt{5} を四捨五入したものがフィボナッチ数になる。

  3. 今日雨なら明日も雨の確率が 0.6、今日晴なら明日は雨の確率が 0.3 である。定常的な雨の確率を求めよ。

    ヒント

    0.6πR+0.3πS=πR0.6\pi_R + 0.3\pi_S = \pi_R と πR+πS=1\pi_R + \pi_S = 1 を連立する。

    解答・解説

    0.6πR+0.3(1−πR)=πR⇒0.3=0.7πR⇒0.6\pi_R + 0.3(1 - \pi_R) = \pi_R \Rightarrow 0.3 = 0.7\pi_R \Rightarrow **πR=3/7≈0.43\pi_R = 3/7 \approx 0.43**

確認クイズ(固有値の応用)

問1. 対角化可能な行列 A に対する A^k の計算式はどれか。

問2. マルコフ連鎖の定常分布を求める問題は、線形代数では何に相当するか。

問3. フィボナッチ数列の一般項に登場する特殊な数は?

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